妄想皆川ロワ
遺跡の回収中、犯罪現場の捜査中、戦闘中、車の運転中、決闘中、宝石の鑑定中。
“時”が来る直前、各自がバラバラの行動をとっていたが、彼らに待ち構えている運命は同様であった。
広い空間に転がる老若男女。
パッと見た限りでは全員が寝息を立てており、死傷者はいないらしい。
闇に包まれた空間に突如スポットライトが当てられて一人の男が照らし出される。
それと同時に示し合わせたかのように起き上がる人々。
彼らの視線は自然にスポットライトに照らされた人物に集まった。
欧米人らしき顔立ちに金髪のオールバック。
切れ長の瞳と口ににやにやしたいやらしい笑みを浮かべる男。
彼の名は―――
「ヘンリー・ガーナム!?」
非常に驚いた顔で男の名を叫ぶ少年。
顔は普通の男子高生のものであったが、体に纏う鋼の筋肉が常人離れした彼の素性をありありと示している。
しかし、彼は真に驚く事になるのは次の瞬間だろう。
にやついた口元を押さえようともせずにガーナムは言い放った。
「手荒な方法で来て貰ってすまない。
一部の諸君は私を知っているだろうが、他の皆さんは私を知らないだろうから自己紹介させてもらおう。
アーカム会長のヘンリー・ガーナムだ。しょく「申し訳ありませんが。貴方は元アーカム会長ではなくて?」
一人の女がガーナムの話の腰をへし折った。
それでも彼は嫌な顔ひとつせずに彼女に冷静な返事をする。
「あぁ。しかし今日からは再び私が会長になったのだよ。ティア・フラット“元”会長」
元の部分をやけに強調して嫌味を言うガーナム。
話を本題に戻すために小さな咳払いをして再び話し出した。
「では、そろそろ本題に入らせてもらおうではないか。
ここに来てもらった諸君。私が君達にきてもらった理由は非常にシンプル。
ただ『君達に殺し合いをして貰おう』と思っただけさ」
『殺し合い』
一瞬理解できなかったのだろう。
人々はシンとなり、物音一つ発する人すらいなくなった。
だが、誰かが一言発したからは伝染するかのようにざわめきは広がってゆく。
気が付いたらこんな場所にいたのだ。
そう考えると『殺し合い』をさせるという目的であっても何となく違和感が無い。
急な出来事に動揺しきった空気の中で立ち上がった男が一人。
「貴様ァッ!罪の無い人々を集めて殺し合いをさせるとはどういう事だッッ!!」
筋肉質の体をピッチリとした黒いスーツで覆った男、ボー・ブランシェ。
大気を揺るがす大声に参加者の一部は身を竦める。
ボーは唾を辺りに撒き散らしながらも叫び続けた。
「しかも女子供が多数いるではないかッッ!見ろ!この怯えきってる少年の顔を!!」
そう言って彼が指差したのは十歳に満たない少年。
しかし、少年の顔は恐怖に歪んでなどいなかった。
いや、それどころか少年が浮かべていたのは愉快そうな表情。
「僕が怯えてるだって?ちゃんと目が付いてるのかこの筋肉達磨」
筋肉達磨だと!?この無礼な餓鬼が!と喚くボーを完全にスルーして少年はガーナムに言った。
「随分愉快な催しをしてくれたじゃないかMr.ヘンリー。
だがな、貴様の最大のミスはこの天才。人類最高の頭脳を持つアル・ボーエンを敵に回した事だ。
僕がいる以上、このゲームに成功はありえない」
いつ殺されてもおかしくも無い状況で堂々と戦線布告を果たしたアル。
そんな彼の行動に対しても、ガーナムは無言で拍手で返しただけだった。
再び訪れる静寂を破ったのは、やはりこの男である。
「とにかくだ!我々はこんな殺し合いに乗る気は絶対にない!!」
「乗る気がないなら……どうする気だい?」
「貴様を倒して帰るに決まっているであろうがああァァ!!」
叫ぶや否や、ガーナムの元へと飛び掛ろうとするボーを一つの影が遮った。
スーツに帽子。
日本で暮らす人ならば嫌でも目にする格好をした中年男性は、その外見からは想像の付かない俊敏な動きでボーを押さえつけた。
「貴様!ガーナムの手の内のものか!?放せ!放さぬか!!」
完璧に押えつけられた所為で身動き一つ取れないボー。
彼の必死な抵抗を抑えながら男は静かに言った。
「落ち着くんだ」
「この状況で落ち着けるとでも思ったかァァ!」
「いいから落ち着くんだ。
今、私の知り合いだけでもこの会場には普通以上の戦闘能力を持った者がたくさんいる。
そんな状況で彼が余裕を保ってられるのはどうしてだと思うか?」
「それは……そうか!ヤツは自分の安全に関して保険を掛けてあるという事だな!!」
「その通り。あってるかなガーナム君?」
「ご名答だ。ウインド…いや、高槻巌と呼ぶべきかな?」
「ふっ…どちらでも構わないさ」
「まぁ呼称などどうでもいいな。
とりあえず命に握られているなんて目に見えないと実感が無いから見せてあげよう」
ガーナムが指を弾く。
それと同時に参加者の首に金属製の首輪が現れた。
非現実の世界で戦ってきた歴戦の戦士達もこれには驚きを隠せない。
「随分すごい事をしてくれたねガーナム君。是非ともトリックを聞かせて貰いたいものだ」
「簡単なトリックだよ高槻君。いきなり首輪が付いたんじゃなくて、首輪は元々付いてたんだよ。
ちょっと気付きにくい様に細工をしてね。そして、その気付きにくくする細工を解除したから急に現れたように見えただけさ」
「親切な説明をありがとう」
巌はあくまでも冷静に話を続けようとする。
………ボーを押さえ込んだままで。
しかし、彼とガーナムの会話は途中で途絶える事になった。
『魔王』の乱入によって。
セイタン
「殺し合いだと?こんな首輪如きでこの魔王クリフを服従できると思ったか!?」
宙に浮かびながら、サイコキネシスで自分とガーナムの間にいる人々を脇に移動させるクリフ。
彼は怒っていた。
コイツはエグリゴリと同類だ。
何の目的で殺し合いをさせるかは知らないが、コイツは俺たちを実験動物としかみてない。
それは彼のプライド。そして、仲間への愛を大いに刺激する結果となってしまった。
「君、止めるんだ!」
巌がさっきの冷静な会話とは別人のような必死さで彼を止めようとする。
しかし、彼は止まろうとしない。
己の能力に対する絶対の自信。そしてガーナムへの怒りが彼の歯車をトップギアで回しているから。
彼は放った。
サイコキネシスを己が持ちうる最大限の力で。
剥がれてゆく床。
余波で少し吹く飛ばされてゆく人々。
そして、ガーナムの立つステージの目の前へと不可視のエネルギーが到達して。
ボンッ
彼の首元から発せられた小さな爆発音と共に止まった。
「にいさああああああああああああああああああああああああん!!」
女性の悲鳴を合図にして首から上を失った胴体が落下してゆくのを受け止める一人の男性。
サングラスにジャケットの格好からは大人の渋さを感じさせる。
その男は、頭の落下した地点へと歩いてゆき、クリフの頭を拾い上げた。
頭と体を持ったまま悲鳴を上げた女性の下へと歩み寄り。
「返すぞ」
と一言だけ言って、元の場所へと戻っていく。
そして会場中に聞こえる大声でアピールした。
「国際的人材派遣会社『ASE』はこの会場でも通常運営するぜ!
困った時は俺、百舌鳥創や他のスタッフ一同に依頼してくれ!」
創の宣伝の後、再び会場がざわめきだした。
既に4人の男がゲームへの反乱を口にしたのである。
これは希望があるのでは?
そんな空気が会場を覆い始める。
始まる前から頓挫しそうな計画。
だが、ガーナムは一向に焦る様子が無い。
目の前の光景が見えてないかのように淡々と説明を始めた。
「盛り上がってるところ悪いがルールを説明させてもらおう」
完全に静まり返った会場。
満足気にガーナムはルールの説明を始めた。
曰く
・最期の一人になるまで殺し合い会うこと
・六時間毎に放送があり、死者と禁止エリアが発表される事
・禁止エリアに入ったら問答無用で首輪を爆破する事
・24時間死者が出なくても全員の首輪を爆破する事
この四つのルールを前提として殺し合いを続けて行くらしい。
大体のルール説明が終わった後、一人の男がガーナムに質問する。
「殺し合いをするのはいい。俺に戦場を与えてくれる事には素直に感謝してるぜ。
だけどな。傭兵を殺し合いの場に呼んどいて報酬すら無しとかは言わねぇよな?」
「あぁ、当然優勝者には特典が付くよ。
富に地位。君が望むものなら何でも用意しようユーリィ・カザロフ君」
「ありがとよ。これで心置きなく戦場を満喫できる」
くくっと笑いながら感謝を述べるユーリィ。
参加者全ては理解した。この男が異常であるということを。
「ところでカザロフ君。君がゲームに乗ったことを公言するのは開始前からハンディが付いてしまう事だ。
だから、特別に支給品を一つ追加しておこう。
確か君はナイフが得意だったね?この『オリハルコン製のナイフ』を君にあげるよ」
突如ガーナムの手に一本のナイフが現れた。
ステージ上へと登り、ガーナムからナイフを受け取るユーリィ。
受け取った直後におもむろにナイフを構えて――――
―――思いっきり外壁を切りつけた。
触れた所から豆腐のように切れてゆく壁。
ユーリィも予想外の切れ味に一瞬驚いたが、すぐにその顔は歓喜に染まる。
同時に、ガーナムを除く会場にいる全ての人間は一瞬にして姿を消した。
クリフの死体を残して……
ガーナムもいなくなり、本当に無人となった会場。
そこの壁には不気味な笑みを浮かべる悪魔のような顔が映っていた。
【クリフ・ギルバート@ARMS 死亡】
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