黒き炎
森林を満たす静寂を爆音が引き裂いた。
緑のカーペットが瞬く間に紅蓮の庭へと燃え上がる。
その中に動く影、二つ。
片や鬼面を胸に抱く赤き巨人。片や左の肩を赤く染めた緑の小人。
巨人と小人。まさにそうとしか表現できないほどに二つの影は違いすぎた。
疾走する緑の小人を追い立てるかのように、赤い巨人の指からいくつものが光芒が放たれる。
一瞬前まで小人がいた位置に光が満ち、次の瞬間それは膨張した。
轟音、そして爆風。
寸前で加速しその爆心地から逃れた小人は、しかしまだ脅威が去っていないことを直感していた。
「クッ……なんという火力だ! あれではガンダムですら比べものにならん!」
操縦桿を忙しなく操りながらそう吐き捨てたのは、顔面に縦横に走る傷を持つ壮年の男だ。
セルゲイ・スミルノフ、通称「ロシアの荒熊」。地球連邦所属の佐官だ。
その顔に浮かぶのは焦燥と自戒。
迂闊にも危険な相手に声を掛けてしまった――そうと気づいた時にはもう手遅れだった。
完全に「やる気」の相手から決死の逃避行を開始しはや10分ほど。
この10分で嫌と言うほど彼我の戦力差を痛感した。
セルゲイの乗るこの機体、名をスコープドッグRSCと言うらしい。
モビルスーツとは明らかに違うATという機体に戸惑いはしたものの、習熟の時間がほしいなどと言っていられる状況ではなかった。
セルゲイを追う赤い巨人。
まず大きさからして絶望的に違う。こちらが5mほどしかないのに対し、向こうは目算で70mはあるだろう。
武器など使わずともその手が、足がわずか一閃するだけで容易くこのスコープドッグと言う機体はバラバラになるのは間違いない。
小型の利点か小回りが利き、場所が森林と言うことも幸いしてかなんとか致命打を受けずに来られたもののそろそろ限界だろう。
もう少しで森を抜け、市街に入れる。
背の高い建造物の立ち並ぶ市街地なら、このスコープドッグならいくらでも隠れようがあるというのに。
追跡者もそれをさせまいというのか、先程までどこか甘かった狙いが精密になってきた。
その両肩の巨砲がスライドし、構えられる。その砲身の太さは指の光線とは比較にならない破壊的な威力の砲撃を予想させる。
「先程までは遊び……いや、練習というわけか……!」
おそらく機体性能の把握にこの数分を費やしていたのだろう。
もはや逃走は不可能とみてセルゲイも機体を反転させ、ありったけの武装を仁王立ちする巨人に叩き込む。
ミサイル、ロケット弾、マシンガン、バズーカ砲と潤沢な火器を大盤振る舞いでお見舞いしたが、いかんせんサイズの違いが大きく目立った損傷は与えられない。
それで終わりか、と言わんばかりに巨人がゆっくりと腕を広げ、大砲とともにスコープドッグを照準する。
(大きさが違いすぎる……ッ! いかん、もう避けられん!)
足を止めたのが失敗だったか。反撃も空しく敵機は悠然とセルゲイの機体に砲撃を放つ。
「……むっ!?」
だが、その砲弾はスコープドッグを砕くことはない。
砲撃はあらぬ方向へと放たれ、森の一角をオモチャのように消し飛ばした。
大きく傾いだ敵機の視線がセルゲイを越えて目前へと迫った市街地へと向けられた。
巨人から警戒を緩めることなく、セルゲイもその方向へとターレットレンズを回す。
モニターに映ったのは、このスコープドッグとよく似た緑のATだ。
ハイウェイらしき場所で左肩から白煙を吹く長大な砲身を伸ばし、油断なく巨人を牽制している。
「そこのAT! 援護します、早くこっちへ!」
巨人の砲撃に対しあの長距離砲で割って入ったらしいATから、まだ年若いであろう少年の声が響いた。
疑う暇もない。セルゲイは一も二もなくその声に従いスコープドッグを走らせた。
宣言通り、新たなATは巨人へとその大砲を撃ち続け、注意を逸らしてくれている。
だがセルゲイの前例通り、その砲撃もなんら損傷を与えられない。着弾の衝撃で照準をずらすことで精一杯だ。
森を抜け、滑走路へと侵入。ローラーが唸りを上げて舗装路を噛み、スピードが増した。
巨人のパイロットは揺れる機体に業を煮やしたか、背の大砲を一つ外し手に斧として抱え持った。
木々を踏み砕き、前進。砲撃をものともせず、一気にセルゲイへと接近してきた。
「くっ……止まらない!?」
「少年、私に合わせろ! 足を止めるぞ!」
ATへと座標データを送信。同時にその腕は操縦桿を引く。
ターンピックがアスファルトへと牙を剥き、火花が舞った。機体を180°ターン。
制動をかけなかったため後ろ向きに疾走しつつ、全武装を巨人へと向ける。
巨人が足を振り上げる。あの巨体ならあと一歩でセルゲイへと追いつくだろう。
「今だ!」
だが、そこが狙い目だ。
スコープドッグのマシンガンが、ロケット弾が、ミサイルが、ソリッドシューターが。
少年のATが狙い撃ったフォールディングガンが。
今まさに、巨人が踏みしめようとした地面へと殺到する。
爆煙がたちこめる。巨人は狙いを外したとでも思ったのか、なんら頓着せずに足を振り降ろした。
「……やったッ!」
少年の喝采が聞こえ、セルゲイも無意識に笑む。
砕かれた地面には大穴が空き、見事巨人の片足をからめ取っていた。
疾走の勢いそのままに上半身が大きく傾き、倒れ込んでいく。
激突する寸前その両手が大地を殴りつけ、なんとか機体を支える。
撃破には至らなかったか――無念と思いつつも、セルゲイは既に機体を反転させ、市街地へと突き進んでいる。
少年のATも離脱したらしく、ハイウェイにその姿はない。
後方に注意を払いつつ、市街地へ突入。あとはこのまま姿を隠すのみだ。
「よし……っ!?」
安堵したセルゲイを叱咤するように、ATが甲高い警告音を放つ。
振り返ると、巨人は大地に突っ伏した姿勢そのままで背中の大砲をこちらへと向けていた。
「こっちです! 早く!」
どこに隠れようと、建造物ごと吹き飛ばされれば意味はない。
歯噛みするセルゲイを、再び少年の声が導いた。
前方20mほどにあのAT。
もはや他に手段はないと、セルゲイはその方向に機体を走らせた。
背後で爆音が響いた。
カッ、と閃光が満ち、轟音とともにビルがなぎ倒されていくのを感じる。
爆風が駆け抜け、スコープドッグを呑み込んだ。
■
巨人を操る男、レイヴン「リム・ファイヤー」は己が生み出した目前の光景に不満げに鼻を鳴らした。
森と市街の一角を火の海へと変えた代償が、身体に色濃く残る疲労のみ。
追撃していた小型機二体はおそらく消し飛んだだろうが、確証はない。これが愛機なら敵が蜂の巣になった様が見え、溜飲を下げられるというのに。
バルキング。この身を預ける新たな弾丸。
ACとは明らかに違う技術体系で造られた見たこともないほどに強力な兵器。
70m超の巨体には過剰ともいえる武装が詰め込まれていて、装甲や出力もACとは比較にならない。
戦力としては申し分ない。だが、不満があるとすれば異常ともいえる身体の気だるさだ。
本来バルキングは「赤い炎」と呼ばれる一種の超能力がなければ動かすことはできない。
だが今のリムは特殊なスーツをまとっている。
このスーツには搭乗者の精神力を「赤い炎」に変換するという説明書きが添えられていた。
原理など知らない。だがこのスーツを着なければバルキングを動かせなかったのは確かなことだ。
機体を動かすだけで普段の何倍も消耗するというのは戦いに勝ち抜く上ではネックかもしれないが、そこはやり方次第でカバーするしかない。
そう、勝ち抜くのだ。
父を殺したレイヴンを全て抹殺するために。
それはあのジャック・Oも例外ではない。
全てのレイヴンを排除するために戦うリムとしては、奴に到達するために必要だというならレイヴンでない者とて誰一人逃がしはしない。
己もまたレイヴンであるのに、レイヴンを否定するこの矛盾。
とりあえず、これからどうするか。
さっきの二機の生死を確認するか、それとも人が多く集まるところを目指すか。
どちらでも構わない。どうせ誰とも慣れ合うつもりもない。
「そうだ、レイヴンなど不要な存在なんだ――待っていろ、この俺が貴様らを根絶やしにしてやるぞ……!」
その眼に「赤い炎」に勝るとも劣らない、だがどこまでも暗い暗黒の炎を宿し、リム・ファイヤーは動き出す。
その名のごとく、立ち塞がる全てを燃やし尽くすために。
■
「どうやら、追ってはこないようだな」
「ええ……危ないところでした」
と、潜めた声を交わし合うのはセルゲイと彼を助けた少年だ。
間一髪、爆発に呑まれる前に地下駐車場へと滑り込んだスコープドッグともう少年のATは追撃を警戒し別の出口から離脱して身を隠していた。
未だ予断を許さない状況ではあるものの、少なくとも自己紹介をする程度の余裕はできた。
「危ないところを助けられたな。私はセルゲイ、セルゲイ・スミルノフだ……君は?」
友好を示す意味も込めて、セルゲイは自分から機体を降りて切り出した。
ここで撃ってくるようなら最初から危険を冒して助けはしないだろう――そういう計算のもとに。
予想通り、少年もAT――バーグラリードッグと言うらしい――のコクピットを解放し身を躍らせて、軽やかに降り立つ。
精悍な顔の少年はハチマキをはためかせ、セルゲイの眼をまっすぐ見て、言った。
「僕はレオ――レオ・ステンバックです。よろしくお願いします!」
【一日目 12:20】
【セルゲイ・スミルノフ/スコープドッグRSC】
【パイロット状態】 健康
【機体状態】 弾薬70%、装甲に微細な傷
【現在位置】 F-8
【思考・状況】
1:巨人から逃げつつ、レオと話す
【レオ・ステンバック/バーグラリードッグ】
【パイロット状態】 健康
【機体状態】 弾薬90%
【現在位置】 F-8
【思考・状況】
1:巨人から逃げつつ、セルゲイと話す
【リム・ファイヤー/バルキング】
【パイロット状態】 やや疲労 特殊スーツ着用
【機体状態】 EN90%
【現在位置】 E-8
【思考・状況】
1:目に付いた参加者を攻撃する
2:レイヴンは皆殺し(主催者のジャック・O含む)
【備考】
・「炎」の持ち主ではありませんが、特殊スーツを着ることで多少の疲労と引き換えに操縦を可能としています。
【セルゲイ・スミルノフ@機動戦士ガンダム00】
「ロシアの荒熊」の異名を持つ元人革連軍MS部隊の指揮官兼パイロットで階級は中佐。
アロウズ台頭後は、アロウズには参加せず地球連邦の一部隊を率いる。
そのパイロットとしての実力は高く、性能の格段に劣るティエレンでエクシアを圧倒するほど。
また指揮官・戦術予報士としても優秀で、ティエレンのみの部隊でキュリオスを翻弄し一時鹵獲したこともある。
【レオ・ステンバック@ANUBIS ZOE】
地球連合軍アトランティス号所属のLEVパイロットにして、ジェフティの最初のランナー。
フレームランナーとして天性の才能を持ち、初めて乗ったオービタルフレーム・ジェフティで多数のOFを撃破した。
ジェフティのAI・エイダ(ADA)に特別な思い入れを持ち、エイダを戦わせないためにジェフティを隠しLEV・ビックバイパーのパイロットとして奔走した。
また命を何より尊いものと考えており、戦場では決して仲間を見捨てず戦闘力を失った敵に止めを刺すことを忌避したこともあった。
【リム・ファイヤー@アーマード・コア ラストレイヴン】
特定の勢力に所属しない一匹狼のレイヴン。
父親をレイヴンに殺害されたたレイヴンの存在そのものを憎んでおり、依頼主を見殺しにしてまでレイヴンを排除しようとする。
強化人間であり、反射神経や身体能力が高められている。
【スコープドッグRSC(レッドショルダーカスタム)@装甲騎兵ボトムズ】
キリコがウドでの戦いの際使用したカスタムスコープドッグ。
背部に9連装ロケット弾ポッド、腹部右側に2連装対戦車ミサイルランチャー、腹部左側にガトリングガン、左腕に小型ソリッドシューターを装着している。
重装備なだけあって多少機動力が減衰している。
【バーグラリードッグ@装甲騎兵ボトムズ】
本編から32年後の時代にあって未だ現役のスコープドッグをベースに強襲用装備を施したカスタム機。
ヘヴィマシンガン、SMM3連ランチャー、サイドガトリングガン、ショルダーミサイルポッドなどの各種武装に加え左肩には折り畳み式の長距離ドロッパーズフォールディングガンを装備する。
脚部には不整地走破用ソリ「トランプルリガ―」を装備し機動力も盤石。
キリコが操縦し聖地アレギウムに突入した際、単機で当時最新鋭のATで構成されていた聖地防衛隊を壊滅させた。
【バルキング@ガイキング LEGEND OF DAIKU-MARYU】
ガイキングのプロトタイプと言える赤い巨人。ガイキング以上の火力とパワー、装甲を誇る。
作中では「灼熱の重巨人」「誰も受け付けない悪魔の機体」とも呼ばれ、全長はおそらくガイキングと同サイズの70mほど。
ガイキング同様に赤い炎の持ち主でなければ操縦する事は出来ないのだが、プロイストが開発した特殊変換スーツを着用する事によって黒い炎の持ち主でも操縦を可能としている。
背中に装備された二門の大砲ハイドリュートカノン、肩部に装備された巨大十字剣ギガンタークロス、両腕の指に内蔵された破壊光線砲コロナブラスト、背部から発射する速射ミサイルなど多彩かつ強力な武装を装備する。
またハイドリュートカノンは斧としても使用できる。
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