破砕する者






「参ったね……砂漠の次は殺し合いかよ」

と、ぼやいたのは褐色の肌に赤い軍服をまとう金髪の少年だ。
その眼に映るのは青空とビル街。どう目を凝らしても、あのうだるような熱を常時放射する砂漠ではない。
オーケー、落ち着こう……ディアッカ・エルスマンは自らにまずそう言い聞かせた。

「勘弁してくれよ……明日には足つきとの決戦だって言うのによ」

このまま作戦に参加できなければ、敵前逃亡・作戦放棄とみなされ「赤」としての輝かしい経歴に傷がつくのは間違いない。
ただでさえ足つきとX105ストライクには煮え湯を飲まされてきたというのに、これ以上の失態は御免こうむりたいところだった。

――と、そこまで考えてふとおかしいと気づく。
なんで自分がこんなところにいるんだ? 
昨日、たしかに自分は砂上戦艦レセップスの一室で眠りについたはずだ。隣には腐れ縁の親友イザークもいた。
だが、目が覚めた時隣にイザークはおらず、そもそもにしてレセップスの中ではなかった。
ぼんやりと思いだしてきたのは、酷薄そうな老人とMS――MSだったか? ザフトでも見たことがない――に、殺し合いを強制されたことだ。
寝ぼけた頭で聞いていたためいまいち現実感がなかったが、さすがに夢ではなさそうだ。
急速に頭が回転を始める。作戦どころではない事態に巻き込まれているのかもしれない。
ディアッカの頬を冷たい汗が流れ落ちる。帰還以前に、戦闘を仕掛けられ殺されてはたまったものではない。
そこに来てようやくディアッカは自らが座る機体の確認を、と思い立った。

RZA-6DG、モルドレッド。
ナイトオブシックス専用KMF。

やがて表示された情報に、ナイトオブシックスって誰だよ、KMFって何だよ……とディアッカはため息をついた。
MSとはまったく違う機動兵器。全長はたったの5mほど。
だがその小柄な体躯に驚くほどの重装備・重装甲を詰め込んでいる。
主武装は両肩の二対の装甲を連し構成する4連ハドロン砲――シュタルクハドロン――で、全身に小型ミサイルが内蔵されている。
そしてただでさえ厚い装甲をカバーするエネルギーフィールド・ブレイズルミナス。
特性としては愛機のバスターによく似ている。このサイズで飛行可能な点も驚くところか。
MSとは全く違う技術で作られた機体だ。当然操縦方法も異なる。
だが何故か、操縦桿を握った途端にわかった。操縦できる。
睡眠学習でもしたのかよ、と皮肉気に呟くが、まあそれはいい。あとはこの機体の特性を生かした戦闘機動を構築するだけだ。

「さて、どうすっか……イザークやアスランもいるのかね? 俺一人じゃないと思いたいが……」

同僚の顔を思い出し、まずは仲間を探すか……とビルの陰から機体を浮かび上がらせた。
とたんレーダーが喚き出す。高速で接近する機影が一つ。
さっそくお出ましか、と気合を入れ直した。どういう意図であれ、警戒するに越したことはない。

やがて現れたのは、これまた見たこともない戦闘機だ。
こちらを確認したか、戦闘機は一瞬で人型へと変形した。アスランのイージスがオモチャに見えるほどスムーズな変形だ。
まずは先手を取るべく、ディアッカはブレイズルミナスをいつでも発動できるようにして回線を開く。

「俺はザフト、クルーゼ隊のディアッカ・エルスマンだ。こっちに戦うつもりはないから、所属を言いな」

と、まずは交渉を試みる。いかにこのモルドレッドが強力であっても、向こうはこちらの三倍ほどある。
どの程度の戦力かわからない以上、まずは手の内を探るべきだと判断した。

「……ギャラクシー船団アンタレス小隊隊長、ブレラ・スターン少佐だ」
「しょ、少佐ァ!?――じゃなくて、ギャラクシー船団? 聞いたことねえな……連合とザフト、どっちの組織だ?」
「済まないがゆっくり説明している時間はない。来たぞ」

問い詰めようとしたディアッカを、少佐――ブレラは押し留める。
間を置かずレーダーに反応。どうやらこのブレラを追ってもう一機ここに来るようだ。

「突然、攻撃された。この機体なら逃げ切れるはずだったんだが……邪魔が入ったな」
「へっ、何、俺のせいだってか?」
「そう思うなら援護しろ。向こうはお前も獲物と定めたようだぞ」

そう言うブレラの声を証明するかのように。
新たにやって来た地を走る機体――人型、これまたMSではない。こちらの4倍はありそうだ――は通信をするでもなく背部のレーザー砲をこちらに向けてきた。
ヤバい、と思ったら砲撃が来た。慌ててディアッカは機体を横滑りさせる。とんでもなく高出力のレーザーだ。
ブレラはと言うと、ディアッカよりも早く反応したのか逆にミサイルを撃ち返していた。いい反応してやがると口笛を吹く。

「俺が前衛を務める。お前は後方から援護しろ」
「くそっ、とんだ疫病神だぜ!」

毒づいて、ディアッカはシュタルクハドロンを連続して撃ち放つ。
モルドレッドに敵の目を集中させ、ブレラの戦闘機――ビックバイパーはまたも変形、射線に隠れるように突っ込んでいく。
砲撃がビルや住宅をなぎ倒す。上がる爆煙の中に紛れ、ビックバイパーは振り下ろされたブレードを掻い潜り変形、敵機の背後を取った。
目にも鮮やかな動きだ。まるでああいう機体に乗り慣れているかのような。
人型の腕が開き、何かを撃ち出す。同時に、機体各部からミサイルとレーザーの雨。
衝撃に敵機が二度、三度と揺れる。

「グゥレイトッ! もらったぜッ!」

その隙を逃がさず、モルドレッドは全身のミサイルを発射した。
ブレラに警告を送らなければいけないのだが、秘匿回線を設定していない今オープン回線で呼び掛けるわけにもいかない。
仕方ないよな、と自分に言い訳してトリガーを押し込んだ。
赤い線が乱舞し、それぞれが違う軌道を描き敵機へと吸い込まれていく。
爆発が連鎖し、市街地に大きなクレーターが穿たれる。

「やったか!?」

喝采をあげたディアッカに応えたのは、噴煙を突き破ってきた二条のレーザーだ。
すんでのところでブレイズルミナス展開。機体が衝撃に揺れる。
やがて風が煙を払う。そこには何事もなかったかのように敵機が屹立していた。
機体は薄汚れたものの、大きな損傷はなさそうだ。

「おいおい、硬すぎるだろ……もっと押し込むべきだったかな」

と軽口を叩いたものの、内心ディアッカの動揺は凄まじい。
もしあの機体がフェイズシフト装甲でも持っていたとして、あれだけの衝撃に晒されれば普通パイロットは気絶するか運が悪ければ死ぬ。
コーディネイターであってもそれは例外ではない。乗っているのはバケモノか?

そう考える時間はディアッカから周囲を確認する余裕を奪っていた。
敵機が再び動き出したとき、ようやくディアッカはブレラがいない事に気付く。
まさかあのミサイルに被弾したのか、と一瞬そう思ったが、すぐに違うと思い直した。
ミサイルはビックバイパーよりもまずほとんどが敵機に当たって爆発したはずだ。
一発二発は当たったかもしれないが、それで落ちると言う事はまずないだろう。
では何故ここにブレラがいないのか――その答えは明白だ。

「野郎……俺にあのバケモノを押しつけていきやがった!」

敵機が猛然と向かってくる。慌ててシュタルクハドロンを連射、その突進を遮ろうとした。

「う、嘘だろ! なんて無茶しやがるッ!?」

だが敵機は両腕のブレードを前面で交差させ、突っ込んできた。
紫電煌めくブレードは、シュタルクハドロンの大河を切り裂き少しずつ前進してくる。
少しでも軌道がずれれば熱線に飲み込まれるはずだ。
だが、凄まじい衝撃に襲われているはずだろうに、その切っ先はピタリと固定したかのようにモルドレッドから離れない。
じりじりと押しこまれ、やがて。

「うわぁっ!?」

シュタルクハドロンの砲口に、ブレードが突き込まれる。
暴発、爆発しモルドレッドは弾き飛ばされビルへとめり込んだ。
シートから飛び上がるほどの衝撃にディアッカは息を詰まらせる。

頭を振り、敵機を捕捉し直そうとしたところで、それを見た。今まさにブレードを振り上げて突っ込んできた、悪魔のような敵機の姿を。

「う……うわああッ! く、来るんじゃねえッ!」

ビルに突き刺さったまま、ブレイズルミナスを展開。
ミサイルをありったけぶっ放し、少しでもその前進を遮ろうとする。
だが敵機は止まらない。ミサイルをまるでハエを払うようにブレードで斬り落とし、ついにその先端がブレイズルミナスへと接触する。
激しいスパークとともにブレードとバリアが干渉し、侵攻を押し留めた。ひとまず勢いを止めたことに安堵したディアッカは、次なる一手を模索しようとし、

「……嘘、だろ……?」

その目前で、ブレイズルミナスをこじ開けるようにブレードが顔を覗かせるのを、見た。
反発で元に戻ろうとするルミナスをブレードで押し留め、敵機の背後から伸びてくる二つの長大な砲身が光を収束させ――
そのあまりの光量に、ディアッカは脱出装置のレバーを引くことすら忘れ、魅入られた。


     ■


激昂したディアッカの推測通り。
ブレラは背面への全武装発射と前面からのミサイルを叩き込んだ瞬間、「これでは足りない」と直感した。
いくつかミサイルが外れビックバイパーに当たりそうになったのだが、ブレラとて並の人間ではない。
瞬間の見極めでミサイルを撃ち抜き、噴煙が視界を覆い尽くした瞬間ディアッカに断りを入れず全速で後退していたのだ。

「お前も俺がいるとわかっていて巻き添えにしたんだ。これでイーブンだろう……」

置き去りにしてきたたった一分にも満たない間の戦友に向けてそう呟く。
戦闘機形態のビックバイパーに、追うタイミングを逸した敵機が追いつける訳もない。
ディアッカには気の毒だが、運が良ければ生き延びるだろう。
また出会う事があれば謝罪してもいい。
今は、別の事。これからどうするかを、ブレラは考える。その手は知らず、胸元のハーモニカをもてあそぶ。

「どうするかな……」

とりあえず、敵機が追ってこないように針路を変えて撒くことにした。


     ■


「一機は逃がしたか……」

もはや影も形もない可変機の飛び去った方向を一瞥し呟いた男――名を、イプシロン。
アストラギウス銀河に潜行する秘密結社により生み出された強化兵士、パーフェクトソルジャー。
戦闘の興奮に昂るその双眸は、まるで獲物を狙う虎のように鋭い。

もはや、イプシロンの周囲に動体反応はない。
戦闘機は撤退し、残った小型機は足元で腰から下だけがその名残を残している。
イプシロンとしてはできれば二機とも仕留めたいところではあったが、まあ初陣にしては上出来かと今の戦闘を振りかえった。
初めて乗った機体、操縦方法は理解できるとしても効率的な機動は戦闘の中で見出すしかない。敵機の砲撃の中を突っ切るという無茶をしたのもその一環。
スペック上なら可能だと判断した動きを実際に行ったまでの事。
機体は見事にイプシロンの要求に応えた。多少ダメージは負ったものの、特に大きな損傷はない。
自身の専用ATストライクドッグを遥かに凌駕する全長、そして性能。

「パルヴァライザー」。
粉砕する者、そう名付けられた機体。
イプシロンは己の全能力を余すところなく解放できるこの機体に満足していた。

だが一方で懸念もある。
しかし今しがた撃破した敵機。ATとほぼ同サイズでありながら、驚嘆すべき火力、そしてバリア機能。
可変機。空を飛ぶだけならともかく、人型となり抜群の機動性を見せた。
明らかにATとは別物――小型機も、可変機も、そして自身が乗るこのパルヴァライザーも。

一体、どういうつもりなのか。
ヨラン・ペールゼン――PS計画を推進する責任者の一人。
否、一人「だった」男。
イプシロンが目覚めた際の戦闘で死亡したと伝え聞いていた男だ。
が、奴は何故か生きていて部下であるはずのイプシロンをこの戦いに放り込み、戦えと言う。

その真意を考えようとして……止めた。どうせやるべきことは変わらない。
戦えというのなら戦うだけだ。PSであるイプシロンに他の選択肢などあるはずもない。
何より、あの場には「奴」がいた。
最初のPS、イプシロンの教育係であったプロト・ワンを、イプシロンから奪った男――キリコ・キュービィ。
奴と戦い、この手で打ち破れたなら。再びプロト・ワンはイプシロンの元へ戻ってくるはずだ。
そのために必要だと言うのなら、誰であろうと倒して見せよう。
ペールゼンもおそらくそれを期待しているのだろう。
わざわざ子飼いの自分にこのような強力な機体を回す。つまりは好き放題暴れ回れという事だ。
PSたる自負、そしてATを遥かに凌駕するこの機体なら誰だろうと敵ではない。
「粉砕する者」――その通りの存在になってやると、パルヴァライザーのブレードが唸り、ビルを撫で斬った。
イプシロンは吠える。


「待っていろ、キリコ・キュービィ! 今度こそ――決着を付けるぞ!」

【一日目 12:30】


【ブレラ・スターン/ビックバイパー】
【パイロット状態】 健康
【機体状態】 EN・弾薬90%
【現在位置】 E-2市街地
【思考・状況】
1:とにかくこの場を離れる
2:ディアッカとまた会えたなら謝罪してもいい


【イプシロン/パルヴァライザー(二脚型)】
【パイロット状態】 やや疲労
【機体状態】 EN70% 装甲全面に軽いダメージ
【現在位置】 D-1市街地
【思考・状況】
1:勝ち抜き、PSが最強であると証明する
2:キリコを抹殺する




【ディアッカ・エルスマン 死亡】
【残り49人】
【モルドレッド 大破】



パイロット解説

【ブレラ・スターン@マクロスフロンティア】
バジュラに壊滅させられたギャラクシー船団の生き残り。コールサインはアンタレス1、階級は少佐。
ギャラクシーのサイバネティクス技術により身体の大部分をインプラント化(人工化)した機装強化兵(サイバーグラント)。
そのため常人を遥かに超えた身体能力、反射神経を持ち、生身の戦闘能力も極めて高い。
冷静かつ冷徹で任務達成を最優先するが、ランカの歌には執着を見せる。

【イプシロン@装甲騎兵ボトムズ】
肉体や反射神経などを強化されて戦闘用に生み出されたPS(パーフェクトソルジャー)。
一種の人造人間であるため、戦闘能力は高いが精神的に未熟な面が見られる。
教育係であるフィアナ(プロト・ワン)がキリコを選んだため、キリコに対し激しい憎悪と嫉妬心を持つ。
またPSであるということに過大な自負を抱いており、精神的に不安定。



機体解説

【ビックバイパー@ANUBIS】
機体の一部にメタトロン技術を使用した、地球製の最新鋭可変LEV。この機体は多数の特殊装備を搭載した三番機の「ビックバイパー零(ゼロ)」。
OF(オービタルフレーム)に大きく水をあけられているLEVの範疇にあって、ランナー次第でOFとも互角以上に戦える機体。
戦闘機形態時は機体各部のバーニアスラスターを背面に集中させることによってOF並みの機動力を叩き出す。
ミサイル、レーザーの基本的武装に加えオプション(小型の分身、バリアやレーザーを撃ち出す)、ガントレット(実体弾)、リップルレーザー(環状のレーザーを幾重にも放射する)など
多様な装備を持ち、人型形態時はエネルギーをまとわせた手先部のブレードにより接近戦も可能。
「グラディウス」に登場する戦闘機ビックバイパーがモデル。変形の滑らかさは一見の価値がある。
ちなみにオービタルフレームの全長は平均して20m前後らしい。このビックバイパーはOFより多少背が低いので15〜18mというところだろう。

【パルヴァライザー(二脚型)】
「粉砕するもの」と名付けられた、インターネサインという兵器施設から製造される旧世代の兵器。
戦闘で得られたデータを蓄積し無限に再生産、進化が繰り返される。
本来は無人であるが、度重なる戦闘の中でレイヴンを乗せたこともある。
運動性に優れ、両腕にエネルギーブレード、背部に二連のレーザー砲を備える。
ブレード光波と呼ばれる高威力の爆発を起こすことも可能。
ACよりかなり大柄で、20m前後。



前話   目次   次話