クラン・クランの災難






「うーむ……どうすればいいのだ? どうやらここはフロンティアの中ではないようだが……」

見たこともないコクピットの中、舌足らずな声でそう呟いた少女――否、幼女。
マイクローン化している今の体型に考慮してくれたか、この機体には足を突っ張って蹴るべきペダルなどなく操縦は一つのインターフェイスで全て行える。
両手を置いている球体のようなデバイス。不思議とどう操作すればいいかは身体が覚えているようだ。

「バジュラの仕業……ではないか。どこかにフォールドしたのだろうか」

眉根を寄せて考える幼女――クラン・クラン。
フロンティア船団所属の民間軍事プロバイダー、S.M.S.に所属する現役のパイロットだ。
現在の容貌は愛らしい幼女だが、その本当の姿は人を遥かに超える大きさの巨人、ゼントラーディだ。
元の大きさではろくなロボットに乗れないとこの状態にしたのだろうが、どうにもその記憶はない。
まさか裸身を見られたのか、とひそかに憤慨したクラン・クラン。

『あの〜』
「それにしても……まったく! なんで私がこんな目に……これも全部ミシェルのせいだ!」
『ミシェル?』
「あいつと来たら、いつもいつも私の苦労も知らないで! 私が困っているのだ、たまには白馬の……いやとにかく、さっさと助けに来いというのだ!」
『その方はお姉さまの大切な方なのですか?』
「べ、別に大切ってわけじゃないぞ! ただ、昔からの腐れ縁と言うかなんと言うか……そ、そうだ! 私はあいつの保護者のようなものだ!」
『でしたら逆に、お姉さまがその方を助けに行くべきではないんですか?』
「む……それは、そうだけど……たまには私にも……って」

はたと気付く。私は誰と会話しているのだ?
通信回線は遮断している。加えてここは深い森の中だ、いきなり誰かに発見されたとしても会話などできるはずもない。
慌ててコクピットを見回す。当然、自分以外は誰もいない。

『どうしましたの、お姉さま?』
「うわぁっ!? お、お前誰だ!? どこにいる!?」
『どこって……お姉さまと一緒にいますよ?』
「嘘をつくな! この機体には私しか乗っていないぞ!」
『……? あ、なるほど〜。いえ、こういうことです』

機体が勝手に動き出した。
操縦デバイスを必死に操作するも、その行動を阻害する前に止まった。
森の一角にあった小さな泉。
水面に映り込んだ、この機体自身。
頭部、胴体、二本の手に二本の足。だが足先は人のそれと違い、細い針のような形だ。
形状だけでなく、コクピットがあるところもバルキリーとは違う。
なんと言うか……ひどく言葉にし難いところだ。特に女性であるクランにとっては。

機体がまたも勝手に立ち上がり、くるくると回り出した。
ちらっと見えた水面の姿は、両手を頭上で組んで――まるでダンスしているよう。
三回転ほどして停止。降ろした両手をドレスの裾を摘むようにして、一礼する。

『初めまして、お姉さま。私はオービタルフレーム・ドロレスで〜す。』

頭上で耳のようなものがピコピコと激しく自己主張している。
これを全てその機体の中で体験したクランは、呆然と言葉を紡いだ。

「お前……なんだ? AI、なのか?」
『違います〜! 私はどこからどう見ても、ちゃんとした女の子ですよぅ!』

どこからどう見てもイカれたコンピュータだ、とはさすがに言わなかったが、クランの心中はおおむねそんなものだった。
フロンティアでもAIの開発は行われているが、シャロン・アップル事件により過度の性能をAIに持たせることは禁じられていたはずだ。
こんな豊かな感情表現をするAIなどどこが開発したのだろうか。
AIだけでなく、この機体も。S.M.S.以外にも新兵器をテストしているところがあったのかと心辺りを片っ端から思い出すが、そもそもにしてバルキリーという形状をしていない。
オービタルフレーム――さきほどこのAIはそう言った。聞いたことがない。
とたん、この状況に真実味が増した。どうやら、完全にフロンティア船団からは引き離されたらしい。
取り乱していた幼女の顔がみるみる引き締まり、一人の軍人の顔へ。

「ドロレス……だったな。私はクラン・クランだ。よくわからんが、お前は味方なのか?」
『はい、お姉さま! 本当はおじさま以外の方に触ってほしくないんですけど……お姉さまなら我慢します!』
「おじさま? その人がお前の本当のパイロットなのか?」
『おじさまはおじさまですよ? 私の王子様なんです!』
「ああ、うん……まずは、お前のことを詳しく聞かせてくれないか? この状況がどうであれ、しばらくは一緒に行動するんだしな」
『はい! おじさまはですね、とてもかっこよくてとても逞しくてとても家族思いで……』

マシンガンのように放たれるドロレスの言葉を聞き、クランは頭痛をこらえるように額を押さえた。
とにかく、状況の把握だ。
そしてもしこの場にいるのがクランだけでなく、ミシェル――あの幼馴染の少年がいるならば、一刻も早く合流せねばならない。
今のクランはミシェルの姉が逝った時のように、何もできない子どもではない。
今は力がある。守れる力が――ミシェルの支えとなる力が。

(待ってろよ、ミシェル――私が行くまで、死ぬことなんて許さないからな!)

途切れることのないドロレスの独白の中、強くそう決意した。
アルトやルカ、小隊の部下、上官のオズマなど、見つけたらついでに合流するかと考えつつ。

『――で、おじさまと私の地球と火星を股にかける大活躍は……お姉さま、ちゃんと聞いてますか?』
「……うん、聞いてる……」

相棒のズレっぷりに、一抹の不安を抱えつつ……二人の少女(?)が思い人を探すために出会ったのだった。




【一日目 12:15】
【クラン・クラン/ドロレス】
【パイロット状態】 健康
【機体状態】 良好
【現在位置】 C-3
【思考・状況】
1:まずはドロレスと情報交換
2:ミシェルを探す。他、S.M.S.のメンバーも

【ドロレス】
【思考・状況】
1:おじさまと合流する。それまではお姉さま(クラン)とともに行動する



【クラン・クラン@マクロスフロンティア】
民間軍事会社S.M.S.ピクシー小隊の隊長であるゼントラーディの女性。
平時はフロンティア内にある大学に通う大学生であり、博士号も持っている。
巨人時はいかにも軍人然とした性格だが、マイクローン化すると遺伝子異常により肉体が幼児化し、性格や思考、声まで幼児化する。

【ドロレス(AI)@Z.O.E Dolores, i】
オービタルフレーム・ドロレスに搭載されたAI。
ジェイムズ・リンクスを「おじさま」と慕う、少女のような性格をした仮想人格。
無邪気で世間知らずな性格だが、保護シートでドレスを作って踊ったりスペースデブリの残骸で造花の花束を作ったりとOFサイズでのその言動はどこかズレている。

【ドロレス(OF)@Z.O.E Dolores, i】
最初のOF「イドロ」の残骸から開発されたOF。ボディはショッキングピンクのカラーリング。
ブレード、ショット、バーストなどOFジェフティとほぼ同一の武装を備えている(サブウェポン、ゼロシフトは不可)。
胸部に対要塞戦粒子砲・バーストランスを格納しており、電子レンジ程度にまで出力を絞ることができる(通称電子レンジ砲)。



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