ダンディズム






 ダンディ坂野は高速走行しながら毒づいた。
『おい、もしかして俺はゲッツしか喋られないと思われて無いか?』
 それはそうだ。何せ今までゲッツ以外のセリフを喋っていない。
『これは困ったことだ。何せ俺の芸風はアメリカン紳士だぞ。二度も奇襲を仕掛けてしまったのは大失敗だ』
 奇襲に目潰し、手には鉈。いくらアメリカンだと言っても信じてもらえまい。
『くっ、ここは民衆の心をぐっとゲッツするアイディアはないだろうか』
 そんなことを思うのならせめて念話じゃなくて喋ったらどうだろう。この分では当分ダンディのセリフはゲッツだけになりそうだ。
『ゲッツゲーッツゲツッ、キックアーンドゲッツ……これだ!』
 70年代生まれには、そりゃサッカーボールは友達だったことだろう。
「一目で分かるダンディズム、ってか」
「ゲッツ!?」
 いつのまにか足を止めていたダンディに声をかけるものがいた。
 L.A.R.……ザ・パニッシャーはこの際つけなくてもいいだろう。文字通り十字架を背負った男を演じるのは、つい8分前に挫折したところだ。
 ――まぁ、黒服黒銃黒眼鏡。ハードボイルドの要素は十分満たしているわけだが。
「よう坂野、久しぶりだな。二年ぶりか?」
「ゲ……ゲツッ」
 ダンディはほんの少しおののいた。とっさに鉈は隠したが、怪しまれてはいないだろうか。とにかく間合いがちと遠い。これでは目潰しも膝も鉈も決まらない。
「まあ、そう怖がるなよ。ともにハカロワ草創期を築いた中じゃないか。言ったらなんだが、おそらくハカロワ関係者内で好感度はNo.1はお前だと思うぜ。書き手じゃない分妙な因縁をつけられないしな」
 ははん、とL.A.R.は両手を肩口まで挙げてみた。アメリカ人のオーノーの格好だ。
『ぐぐっ……似合っている……俺よりもアメリカンだなんて許せない……』
 ダンディの闘志は別方向に燃え上がっていく。
「ああそうだ、ダンディ、火はないか、火。いや別に煙草が好きなわけでは無いんだが、ちょっと気取ってみたくなってみたりしてな」
 L.A.R.は胸ポケットから煙草を取り出した。黒服の付属品だろうか。
『ぐっ、この俺の心に燃え盛る炎でよければいくらでもくれてやると言うのに……』
と、そこまでいったところで思いついた。ここで自分が火を持っていることをアピールすればあの男は接近してくるに違いない。そこを鉈で一撃必殺……完璧だ。
「ゲッツゲッツ!」
「ほうあるのか、そいつはいいや。ちょっと貸してくれ」
 ゲッツで分かるのか、L.A.R.よ。
 それはよそに、L.A.R.は案の定近寄ってきた。
「ゲッツ!」
 ダンディは胸裏を漁る動きをした。……そして同時に、反対の手でズボン裏に引っ掛けておいた鉈を握り締めた。
「ゲツッ?」
 ダンディは胸元から何かを落とした。……無論意図的に。
「お、マッチか。まあいいか――」
 そしてL.A.R.がそれを拾うべく顔を下に向けた、その瞬間
「ゲーッツッ!」
 ダンディは大きく鉈を振りかぶり。そして振るった。
 ガキィッッ!
「……ったく、見え見えなんだよ」
「ゲッ、ゲッツ……」
 ゲッツできなかった。ダンディはその事実に驚愕し、硬直していた。鉈は、L.A.R.の翳した黒い物体によって押しとどめられていた。拳銃のグリップである。流石に、傷はついているものの、それを両断することなど出来るはずがなかった。
「全く、敵意が無かったらもう少し生きていられたのによ」
 そしてその硬直の瞬間をL.A.R.は逃さない。
 まるで静止した時間を縫うかのごとく、優雅な動きでL.A.R.は銃口をダンディに向けた。
「さよならダンディ。そういえば、こういったのは二回目だったか?」

  ズダンッッッ!

   銃弾は、見事にダンディの眉間を捉えていた。
 その一瞬あと、時間が動くのを思い出したかのように、ダンディは倒れた。
「安全装置解除し忘れでゲームオーバー……よくありそうな落ちだが」
 L.A.R.は銃口の硝煙をフッと吹きながら、独りごちる。
「まあ今回はやっぱりこういう役回りか。得なんだかそうでないんだか」
 倒れたダンディを見る。最後のセリフまでダンディだったか。
「ダンディよ、お前は一つミスを犯した。煙草が入ってる黒服に、どうしてライターか何かが付いていないと思ったんだ?」
 煙草に火は基本セットだ、紳士なら覚えていなくちゃな。
「それに……」
 L.A.R.はぽりぽりと後頭部を掻いた。
「赤目の嬢は、煙草嫌いなんだよ」

 ――視線の先には、もちろん彼女がいる。


【04:L.A.R. 銃弾一発消費、煙草所持】
【24:赤目 木陰で待機】
【36:ダンディ坂野 死亡 鉈は放置】
【残り39人】



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