ここからはじまる物語
「どうすればいいんだ」
支給武器を手にして、とある民家の一階、『。』(03番)は頭を抱えていた。
著者、清涼院流水。『コズミック』『ジョーカー』それと『カーニバル』三部作。
これで何をしろと言うのか。阿呆みたいな厚さのこの本で、銃弾を受け止めろとでも? それとも、鈍器
の代わりにしろとでも。実際に『カーニバル』の作中にも、そんな描写があった気がする。
「ナンセンスだ……」
一体自分が何をした。面白そうな企画があったから、それに乗ってみただけだ。
何、コレ? タチの悪いドッキリですか?
「そうじゃないんだろうなあ、どうせさ」
吹き飛ぶ首。現実感のない景色。それが逆に『ああ、本物だ』と思わせていた。
それにしたって素性のことは納得がいかないけれど。シェンムーはスーパーハカー?
けれど、現実はフィクションとは違う。今の日本でこんな大掛かりな事件を起こして、周囲に知られない
わけがないんだ。たかが一エロゲーメーカーの社長風情にそんな真似が出来るはずがない。
――この時点で『出来るはずがない』ことをしているのだが、それはこの際無視してしまう。起こってし
まったことは起こってしまったのだから仕方ない。
「とにかく! こんなことがバレたら連中は死刑だしけー。ざまーみろ!」
その前に自分が死んでしまっては、「ざまーみろ」も何もあったものじゃなかった。
立ち上がり、周りの様子を窺う。
武器を貰った直後に、全力疾走。気付いたら市街地だった。体力持久力には自信がある。前に出た二人が
自分と同じような行動をとってなければ、今の自分はスタート地点から一番遠い所にいるだろう。
取りあえずキッチンに向かってみる。各種調理器具は武器になるし、食料もあれば儲けモノ。水道水が使
えるなら、支給されたペットボトルも使わずに済む。ここを拠点にしばらくは動けるはずだ。
――何の為に? それを考えるのは後からでいい。
「現実はそこまで甘くないわけで」
少し考えればわかること。サバイバルゲームを仕組んだのだから、そんなものがあるはずはない。限られ
た武器。限られた食料。それ故のサバイバルゲーム。管理側としては早期に全てを終わらせたいはずだ。ど
こまでの隠蔽工作をしたのかは知らないが、そんなに長く隠し通せるはずがない。参加者が生き延びる要素
は出来る限り排除されているはず。
「わかってはいたんだけどなあ」
落胆は隠せなかった。
それから数時間が経つが、人一人の気配もない。静かなものだ。聞こえるのは風の音だけ。銃声の一つく
らいあってもよいと思うのだが。
孤独が重くのしかかる。
実体を伴う脅威が迫っているのとはまた違う緊張感。このままだと消耗するばかりだ。
誰かと早く出会いたかった。本当、誰でもいい。共に歩めそうな人材でも、殺人鬼でもいいから。
他の参加者が何を考えてるのか知らない。スタート地点。あの部屋を思い出してみる。
男も女もいた。
上はせいぜいが30歳くらいだろうが、下はどう見ても学生であろう人がいた。
わかりきったことを実行して首を飛ばされた人がいた。
目が血走ってる奴がいた。
無表情な奴がいた。
口元に嫌な笑みを浮かべてる奴がいた。
泣き出しそうな奴がいた。
下川を睨んでいる奴がいた。
何も考えてなさそうな奴がいた。
そういえば後ろの奴、私が呼ばれたときに『萌え幼女じゃねーじゃん』とか言っていたっけ。3番が自分
だから4番だ。誰なんだあの失礼な奴は。私は確かに幼女じゃないが、まだ、なんとか、ギリギリ、少女で
通じる……ような気がするのに。
そんな誰かと出会いたかった。
自分一人では物語を紡げない。
このまま自殺でもしてしまえば私の物語は完結するが、それはどうにも味気ない。
誰でもいい、誰か。
私にキッカケをくれ。
人の気配を感じたのは、それから間もなくのことだった。
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