悪鬼
「き……切れた。ぼくの体の中で なにかが切れた……決定的ななにかが……!」
セルゲイは低く呟くと、怒りに満ちた目で、にいむらの逃走した先を見つめた。
あとは黙々と犠牲者の鞄を漁り、食料と水、それに武器を手に入れた。
「僕が鋏。NBCさんがフォーク」
鋏は毒付かもしれないので、カバーをかけて袋にしまう。フォークで刺すより、自分が殴ったほうが
絶対強いので、フォークは丸めて捨てた(普通の人にはできないことだが)。
「最後に、#4-6さんは……冊子?」
それは参加者リストに、予想される生存確率が記されているものだった。
簡単にだが、その理由となる要素も記されている。
「うーん、これは大当たりだ。#4-6さん、済まない。君一人なら、逃げ切れたかもしれないのに……」
しかし、当の#4-6の生存確率は、セルゲイよりはるかに低いものだった。
「僕は……10.4%:抜群の身体能力と、仇敵の不在による――か」
よし、と軽くガッツポーズをして、冊子を一通り眺めると、二つの死体へ空いた片手で拝み、走り出す。
セルゲイは、もう振り返らなかった。
「にいむらめ……逃がしはしないッ! 決着をつけてやるッ!」
そんなセルゲイを、物陰から見ていた人物がいた。34番、日向葵である。
彼女の端正な顔は、恐怖に歪んでいた。
(そんな……酷い……)
セルゲイの呼びかけに応えるべく、山を登ってきた彼女が見たもの。
それは、二つの死体を漁る、セルゲイの姿だったのだ。
セルゲイの独り言が、ぶつぶつと響いている。何を言っているかは判別できなかったが、声は間違いなく、
先ほどの呼びかけと同じそれだった。つまり、セルゲイ本人ということだ。
(セルゲイさんが、マーダーだなんて……私は、誰を信じたらいいの?)
震える彼女の耳に、セルゲイの叫びが飛び込んできた。
『……逃がしはしないッ! 決着をつけてやるッ!』
(――怖い。怖いよ。セルゲイ氏が、あんなに恐ろしい人だなんて!)
いや、あれは人なんかじゃない。
鬼だ。悪鬼だ。
きっと他にも、セルゲイ氏を信用している人たちがいるはずだ。
警告を発しなければ、頭蓋骨を陥没させた、あの二つの死体のようになってしまうだろう。
(葵、勇気を出すのよ! 一人でも多くの人に、真実を伝えるの!)
日向葵は走り出した。
鎌を握り締め、大いなる、誤解とともに。
【08番 セルゲイ にいむらたくみを追う 鋏・生存確率表を所持】
【35番 日向葵 セルゲイをマーダーと勘違い 鎌を所持】
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