フィクション






「むぅ……」
 111は前方に倒れこんだダンディをこっそり覗き込んだ。
 うむ、これ以上無いほど完璧に気を失っている。目玉がぐるんぐるんまわっている。きっといい夢を見ているのだろう。
「全く、ダンディに恨みを買った覚えは無いんだがな」
 そういって111は目を瞑った。数日前のテレビに映ったダンディ坂野の雄姿が浮かぶ。
 ああ、そうだ。某お笑い番組だ。ゲッツを連呼する彼の姿に意味もなく笑ったものだ。
「ゲッツ……ゲッツ……」
 寝言までゲッツかよ……。
 111はため息をついた。
「ああ、そういやツをクにしたら、御堂の叫び声に似てるな。キャラ被りだ」
「ゲッツは俺んのだ――」
 ダンディは寝言で返事をした。よほどゲッツに誇りがあるのだろう。


「さて」
 111は向き直るとそれを拾い上げた。先ほどダンディの命を奪った、いや奪ってないが、その原因のブツだ。
「シリーズ二回目にしてとうとう俺、いや僕のところにまわってきたか……」
 111はいとおしげにその本を眺めた。とりあえずハートチップルよりはこっちの方が自分には関係が深いだろう。
「民明書房か……」
 現実逃避は止めろ。
「分かってるようるさいな。どうせ偽典なんだろう。あーこれもってると絶対顰蹙買うって」
 しかしまぁ鈍器としてつかうなら文句も出ないか。いやどうだろう。
 大体なんでこんなものが落ちているんだ。ダンディの武器……はさっきの鉈だろうし、んじゃ誰の武器なんだ。
 いや、むしろトラップか? 強力さに目がくらんで開いたとたんに煙が出てくるとか、使う分には問題ないが携帯しているとだんだん空腹になる速度が速くなるとか。
 あるいは持っていると語尾にだよもんが付く呪いのアイテムとか、いやどうだろう。
 しかしこんなおまけ企画なら何があっても不思議じゃない――。

 いつダンディが起きて鉈で逆襲してくるか分からないと言うの武器も取り上げていない。それどころか111はそのまま小一時間悩み続ける勢いであった。
 そこに一人の助け舟が現れた

 がさがさっ。

「タレかっ!?」
 111は音のした方向に向き直ってそう叫んだ。
「軍人さんですか?」
「いや、なんとなく言ってみたかっただけで」
 やる気の無い目をして111は手を振った。全然ちゃうねんというジェスチャーだ。
「へー。なかなか様になってたんじゃないですか」
「え、ホント?」
「軍服ならね」
 ……などと、まるでずっと昔から親しかったかのように会話する男。19番シイ原だ。
「初めまして。シイ原と申します」
 と、シイ原は名刺を取り出した。いつも携帯してると言うのだろうか。
「おっとっと、これはご丁寧に」
 111もお返しにハートチップルを差し出した。
「……これは?」
「気分だけでも名刺交換」
「ふむ、うけとっておきましょう」
 そういうとシイ原はむしゃむしゃとチップルを口にした。流石スタロワ世代は鍛え方が違う。
「うわ……」
 111は苦い顔をした。シイ原はいたって平然としている。
「さて、私実は奇声を追いかけてきたんですが――」

 ――毎度、挽歌です。なんだか面白いことになってきましたねぇ。
 ええ、私ここでコソーリしております。生憎樹上をジャンプして乗り継ぐなんてスキルは無いものでして。
 しかたないのでその場に留まっていましたが、いつまでも下から人がいなくならないので少し困っております。。
 武器は不法投棄してしまいましたが、まあ使う当ては無いのでそれはいいのですが。
 むしろ東京都の条例に引っかかって無いかどうかのほうが心ぱ……って、ここどこでしょうね。全く。
 姿を晒すのも微妙だし、いっそ昼寝でもしましょうか……。
 倒れた人影が一つに、喋る人影が二つ。
 ま、あまり交戦するのはエレガントで無いですし、あれ、私ワイルド系なんでしたっけ。人の評価は良く分かりません。
 ――それに、見てるほうが面白そうですし、今回は高みの見物モードですな。

「――ああ、それ僕のことじゃないですか」
「ほほう、あなたでしたか。一体どうしました?」
「いえ、憧れのダンディ坂野に会えて思わず絶叫してしまいました」
「はっはっは、そうですか。それはよかったですねー」
 言えない……ダンディが鉈を振るって襲ってきたなんて。
 111はちょっと気に入ってきたゲッツのギャグを失うのが惜しくなってきた。
「と、失礼」
 111はそう言って倒れたダンディの傍でゴソゴソした。
「むん」
 取り出だしたのは鉈であった。
「おお、武器ですな」
「ええ、武器ですね」
「あなたのですか?」
「いえ、ダンディの」
「ではあなたのは?」
「さぁ?」
「ふむ」
 シイ原は腕組みして唸った。チップルを武器とは認めたくない111の矜持であったが、シイ原にはそもそもチップルなど通用しない。
「ところで、貴方の名前はなんとおっしゃるんですか」
「あーすみません、チップルじゃ読めませんよね。111です。3スレの」
「おーあなたが。森の話はいい話でしたねー」
 そういってシイ原は111の手を握った。
「ど、どうも……」
 苦笑する111。終盤の方のボロクソぶりが彼の記憶で鮮明に上映されていた。戦場のピアニストより涙が出る。
「ところで、素朴な質問いいですか?」
「何でしょう」
 手を離して111は聞いた。
「あなたの武器は何ですか」
「これです」
「早っ!?」
 即答でシイ原の手の中に出現したものは……

「……十得ナイフ?」
「はい」
 ジャランと音がするかのような勢いでシイ原はそれを振るった。
 するとナイフに続いて缶切りが現れた。
「これでいつでもどこでも缶詰が食べられますね」
「そうですね」
 素晴らしい武器だ。111は感心した。うむ、シイ原氏はとても有益なアイテムを手に入れたようだ。それに比べて僕は……。
「はぁ……」
 111は嘆息した。チップルと偽典。牛肉と馬鈴薯に響きが似ている。いや、やはり似ていない。
「シイ原さん、それスプーンあります?」
「ありますよ〜とう」
 今度はシイ原の手にスプーンが現れた。全く凄い手さばきだ。一体どこでバイトしていたんだろう。
「で、何に使うんですか? クラムチャウダーでも食べるんですか」
「いや、過去を清算するのに使わせてください」
「ふふふ、お安い御用です」
 そういうとシイ原は111にそれを渡した。
 111は戦慄した。あっさりと武器を渡すなんて、シイ原氏はそうとう体術に自身があるに違いない! だが彼を見ると何も考えがなさそうにも見える。どっちだ、あしたはどっちだ!?
 まあ、どちらにしても、チップルまみれで再スタートの自分よりは惨めでないことは確かだ、とネガティブなふっきり方で111は作業に向かう。
「むおおおお萌えろボクのコスモ!」
「萌えですか、いいですねぇ」
 単なる変換ミスには違いないのだが、律儀にシイ原は突っ込みを入れてくる。それをよそに、ざくざくと111は木の根元を掘っていった

「ふう、こんなものか」
 額からしたたる汗が美しい。111は汗を拭うと偽典を持ち上げた。彼のいたところにはぽっかりと小さな穴が開いている。
「おお、仕事が早い」
「彗夜氏ほどではないですがね」
 そして彼は持ってきた本を穴に落とすと、さっさと土で埋めてしまった。
「ていてい、このっこのっ」
 まるでこれまでの恨みをぶつけるような気迫の篭った埋め立て様だ。自虐行為の極致といえよう。
「ほほう、それは悪名高い反射兵器ではないですか」
「ええ、こんなものは無いほうが人民のためなんです」
 作り主の分際でなんて言いようだろうか。
「むむ、このようなばかげたゲームでは使えるものは使った方がよろしいでしょうに」
 予想外なことをシイ原は言った。なるほど、確かにそれも一理ある。しかし今更掘り返すのも馬鹿らしい。
 そこにある映像がよぎった。硫酸が原因で殺された自分の姿だ。
「……いや、やめましょう。下手にキャラロワの設定を引きずると、このゲームでは早死にします」
「ふむ、難しいですね」
 シイ原は首をかしげた。

 ――毎度、挽歌です。意図せずに不法投棄を隠匿してもらえました。
 これで私の罪が暴露されることはなさそうなので少しほっとしています。

 さて、私はいつになったらここを降りれるのでしょうか?


【02:名無したちの挽歌 高みモード】
【05:111 本を埋める チップルは放置】
【19:シイ原 十得ナイフ所持】
【36:ダンディ坂野 鉈を取り上げられる。依然気絶】



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