天国と地獄






 闇の中、ギシギシと木製の床が頼りなくきしむ音だけが聞こえる。
「夜の学校ってのは何時の世も不気味な物だな、シロー」
(だから、シローはやめろっての)
 電気の点いてない夜の木造校舎。
 手探りで道を探し、所々にある割れ目に足を取られないよう注意する。
 普段なら、せいぜい二流の肝試しスポット程度の場所。
 しかし殺し合いという名のスパイスをブレンドされた事で二人の心を何時に無く圧迫している。
 YELLOWの軽口も、この状況下ではむしろ自分自身の不安を打ち消す為の物のように#4-6には思えた。

  (マーダーや主催に出会うよりは、むしろ幽霊でも出てきた方がいいんじゃないか……)
 その位では驚かない自信は#4-6にはあった。
 そもそもこの狂ったゲーム自体が良く考えてみれば非常識極まりない。
 いきなり葉鍵キャラが現れ、自分達に殺し合いを要求する等。
 まぁ、彼らを殺したのは自分達で……。
(……ん?)
 何かが心に引っかかった。
 今まで気づかなかった、いや、見ようとしなかった小さな綻び。
 今まで当然だった事が当然でなくなる感覚。
 それは、見つけると同時に彼の心に広がり―――。
「あの、YELLOWさん」
「しっ…。ここがスタート地点の教室だ、シロー」
 そう言って一つの教室の前に立つ。
 慎重に扉を開け、中を確認。
 そこにあったのはゲーム開始の時に殺されたNBCの死体だけであった……。

「この教室は電気がつくみたいだな」
 古ぼけた蛍光灯の光が教室内を鈍く照らす。
 その光は、少なからず2人の心に安堵感をもたらした。
 結局この建物の中にすでに主催者が居なかった、というのも大きな原因だろう。
「で…さっき何て言おうとしたんだ、シロー」
「ああ……一つ、疑問に思ったんです……、彼ら…主催って何者なんでしょう?」

「…は?」
 #4-6の意図が理解できず、YELLOWは一瞬返事ができなかった。
「…いや、葉鍵キャラだろ? 俺達が殺した…」
「そういう事じゃありません、僕が言いたいのは、何故創作上の物語の人物である彼らが僕達と同じ世界にいるか…という事です」
 YELLOWの顔色が変わる。どうやら意図を理解したらしい…が、その顔色は硬い。
「……じゃあ、何か? 奴らは偽者だって事か? それじゃ一体何の為にこんな馬鹿げた事を」
「もしくは本当に怨霊か幽霊か何かかもしれませんね。
 ハカロワには各々色んな恨み辛みとかありますから、それが葉鍵キャラの形になって具現化したのかも」
「馬鹿なっ……って言ったらこんな島に連れ込んで殺し合いさせる事自体馬鹿げた事だがな…」
「まぁ…実は夢だった、ってオチもあるかもしれませんけど。それの為にわざわざ死んで確かめる気にはなりませんね」
「で……どうするんだ?」
「とりあえず、彼らが一体何者なのか調べる必要がありますね」
 もし偽者なら、本物―――電波やら鬼やらを相手にするよりは与しやすい。
 彼らに対する罪悪感が消える事も大きい。
 幽霊やら何やらなら、この島の中に間違いなく彼らが生まれた何らかの手がかりがあるはずだ。
 彼らがこの島を舞台に選んだのは、この島が最も彼らの力が及ぶ場所だからだろうから。

「……随分と希望的観測だな。お前が言ってる事が事実だって保障は何も無いんだぜ?」
「ですね。でも、少しは気が楽になったような気もします」
「まぁ、そうだな」
 2人して笑う。
 今まで、ただ何も解らず逃げていた時に比べれば、僅かな光明が見えただけでもありがたかった。
 窓から外をみやると、星の光も何時もより明るく、自分達を導くように輝いているような気がする。

 そうして、しばらく2人して笑いあっていると、

   ぐぅ〜

「ん?」
「そういえば、腹が減りましたね」
 少し安心したからだろうか。
 そういえば朝も昼もろくに食っていない。
「何か、食べるものありませんかね?」
「あるぞ」
 と言ってYELLOWは鞄の中をごそごそとあさる。
「……今まで取っておいたんだ」
「もずく……ですか」
「嫌なら食べなくていいんだぞ。俺だけで食べるからな」
「いや、食べますけどね…でもチップルだけじゃなくてこれも支給品ですか?」
「ああ…ほれ」
 もずくを受け取り封を切り、中の物をズルズルとすする。
「流石、北レミ作者だけありますね。」
「何だ、それは、馬鹿にしてるのか?」
 ズルズル…
「い、いえ、そういう訳じゃないですけどね」
「いや、その目は何か馬鹿にしているような目だ。ふん、所詮シローはシローか」
(名前は関係ねーだろ、名前は)
 ズルズルズル…
「………」
「………」
 ズルズルズルズル……

 数分後……

 ぐるぐるぴ〜、ぐるぐるぴ〜

「ぐぉぉぉぉ……」
「は、腹がいてぇ……」
 2人は地面に倒れ付し、生命の危機を迎えていた。
「……な、何だこのもずくは……」
 そういえば、チップルも妙に臭いがきつかった。
「おのれ主催め! 俺がレミィ萌えだったと知ってこんな罠を張るとは、何て狡猾なんだ!!」
「や、やっぱり食わなきゃ良かった……」
「貴様! 何をいまさ……」

 ぐるぐるぐる〜

『ぐぉぉぉぉぉぉ……』
 言い争いしている場合では無かった。
 一刻も早くトイレに駆け込まねばならぬ。
 YELLOW、シロー、もずくに当たって死亡……等という事になったらロワイアル史上最も恥ずかしい死に方になってしまう。
 先ほどまであった希望はすでに絶望となっていた。
 まさに天国から地獄―――であった。
 そして、天は更なる試練を2人に与えた。

 カツカツカツ……

(な、何ィィ――――!!?)
(足音――――!!?)

 廊下から、何者かの足音が聞こえてくる。
 そういえば、電気をつけっぱなしであった。
 マーダーが光を見て居る人間を殺しに来てもおかしくは無い。
 まさに油断が生んだ一生の不覚であった。
 普段ならまだしも、この状態では逃げる事もできない。
 そこまで考えるとYELLOWはシローの方を向き笑いかける。
 そう、それは覚悟を決めた者だけができる笑いだった。

「シロー…、ここは俺が食い止める。お前は早く逃げろ」
「な…、それじゃYELLOWさんは!?」
「ふっ……こんな事になるのは、もずくとハートチップルが出た時から解ってたさ…」
 所詮、お笑い担当の最後なんてこんな物だ…
 だが、シローは違う。奴にはまだ未来がある。彼には主催に一発、自分の分までかまして欲しかった
「い、YELLOWさん……でも、駄目なんです」
「何が駄目なんだ!? お前は俺の分まで逃げて生きてくれ! ……っ!?」

 #4-6の方を見て、YELLOWは驚愕する。
 彼の足はガクガクと震えていた。とても歩けるとは思えない。
 まさか、あのもずくがこんな猛毒だったとは!!
「な……、何てこった…俺があんな物食わせたせいで…」
「いえ、いいんです。それにYELLOWさん、言ってくれたじゃないですか、俺の事相棒って。
 こんな時、相棒を残して逃げちゃいけないでしょう?」
「シ、シロー……」
 今までの2人の思い出が巡る。どれもこれも、今となってはいい思い出だ。
「そうか……短い間だったけど、楽しかったぞ、シロー。最後に少しだけ夢も見れた」
「僕もです」
 確かにここで死ぬ事で悔いは残る。
 しかし、2人はお互いを理解できた事、それだけで十分だと思えた。
 YELLOWは最後の力を振り絞り、ドアに向かって叫ぶ。
「よし、さぁ来い、マーダー共! 俺達YELLOWシローコンビの最後の晴れ舞台を見せてやるぜ!!」

 そして、ガラガラとドアが開き―――
「……あ、あの〜」
「な、何やってるんですか、貴方達は……くっ、くくっ…」

 そこに立っていたのは呆れて物も言えない葵クローンと、笑いをこらえている名無し達の挽歌であった――― 



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