所詮、12歳幼女






 闇の中を1人、「。」は駆ける。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
 息が切れ、足ががくがくと震える。
 恐る恐る後ろを振り向く。そこには、誰も居ない。
 振り切ったか……、とほっと息をつき―――
「何で……俺を殺したんだ?」
「ひっ!?」   
 自分が殺したはずの男…、T.Tの声が後ろから聞こえる。
 首筋に血塗れの手が添えられ、生暖かいどろりとした感触と、血生臭い臭いが感覚を支配する。
「嫌ぁっ!!」
 声のする方にに向き直り、半ば恐慌状態でイングラムを乱射する。
 元々血塗れだった彼は、至近距離の銃撃を受け原型を残さず破壊される。
「う……おえっ」
 むせ返る程の血の臭気に、思わず吐き気をもよおしうずくまる。
 その彼女の耳に新たなる足音が響いた。
 一つでは無い、大勢の足音。

「!!?」
 そこには、自分が逃がした#3-174とその他の参加者達。
 その目には皆一様に激しい敵意と侮蔑の意が込められている。
「見ろ! これがこの女の正体だ!!」
「あ、あ…」
 否定の意を示そうも言葉、首をふるふる振るうが、糾弾は弱まる事は無い。
「その外見と狡猾な演技で人を騙して油断した所を殺してきたんだろうが! この女狐が!」

「ち……ちが……!?」 
 参加者達の中から出てきた一人の女性。
 黒い長髪とスーツ、手には刀。
「は…はるか…さん……」
「私も…騙していたんでしょう? さぞ楽しかったでしょうね、人の心を弄んで……」
「い…いや、やめて、来ないで…」
「悪い娘には、お仕置きしないといけないよね……」
 刀がゆっくりと振り上げられる。
 そして、それが振り下ろされ―――

「いやあああっっ!!」
「うおっ!?」
 夜の静寂を悲鳴が切り裂く。
 床から跳ね起きた「。」は荒い息をつき、恐怖に肩を震わせる。
「はぁ、はぁ、はぁ……ゆ、夢……?」
「おいおい、大丈夫か?」
「!?」
 突然……と彼女は感じた―――声の方に振り向く。
 そこには一人の男。
 倒れていた彼女を助けた、L.A.Rが座っていた。

「そう……だったんですか。L.A.Rさんが……ありがとうございます」
 事情の大方をL.A.Rから聞き、「。」は彼に礼を述べた。
 彼は倒れていた自分を背負って、わざわざこの民家に運んできてくれたらしい。
 窓から見える風景と、部屋の間取りを見るに2階建ての和風建築だろうか。
「俺も野宿は余り好きじゃないんでね。物のついでだ」 
 そこまで言うと、不意に彼は立ち上がってふすまを開ける。
「腹、減ってるだろ? 幸い下に米があったんでな。おかゆでも作って持ってくる」
「あ……」
 引き止める間も無く、彼は階段の方へと消えていった。

 彼女は部屋に一人残される。
 そうすると、不意に情けなさがこみ上げてきた。
(何で…何で私はっ……)
 自分の弱さを呪った。
 夢とは自分の無意識をあらわすものだ。
 つまり、自分は今まで騙していた人間に、殺してきた人間に負い目を持っている、という事か。
「は……はは…、何が、桐山和雄だ…わたしは、わたしは……」
 結局、どんなに上手に心を偽り人を騙せても、所詮自分は12歳の幼女に過ぎないのか。

 そう思う彼女の心は、この島に来てから一番、空虚で。
 彼女は一人、泣いた。



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