失われたもの、受け継がれたもの






「ゴボッ!」
目が覚めた場所は、砂浜だった。
口から水を溢れさせながら、彼は目を覚ました。
激しく咳き込みながら、ゆっくり、ふらつきながらも身を起こす。
「ぐぁっ!? ……ごほっごほっ……はぁ、はぁ……」
足に痛みが走る。岩か何かで切り裂いたものか、ぱっくりと大きな傷口があった。

そこで初めて、彼は自分が握り締めているものに気がついた。
鞄だ。
何故こんなものを持っているのだろう。何故こんなところに倒れていたのだろう。
何故全身ずぶ濡れなのだろう。何故足にこんな傷があるのだろう――。

――そして俺は、誰なんだろう。

「!?」
彼は慌てて記憶を探る。
名前は――わからない。年齢は――わからない。性別は――これはわかる。男だ。
そこまで考えて愕然として、そして彼は手に持った鞄に注目する。
「ひょっとしたら、これに何か身分証明のようなものがあるかもしれない」
慌ててしゃがみ込み、鞄を開く。
よほど密封性が高いのか、彼がずぶ濡れな割に中身は少しも濡れていなかった。
そしてその中身はというと。
「水と、食料……それに、ヘルメットと……電極?」
一通り確認し、そして最後に一つの紙切れを見つける。

『俺とお前で、ダブルライダーだからな』

ダブルライダー。
つまり、彼はライダーであり、彼のほかにもう一人、ライダーがいる。
――この島の、どこかに。

「ッツ!?」

ズキン、と頭痛が走る。
――ここが島だと、なんで知っている……!?

頭の中で、頭痛という形で脳が警告を発する。
視界の端に、誰かが倒れているのが見えた。
――死んでいるんだ。

痛む頭に耐えかねて、思わず彼はヘルメットを被る。
すると、頭部全体への適度な圧迫感のためか、ぴたりと頭痛の波が引いた。
そのまま、彼はゆっくりと倒れている人のほうに近づいた。

その周囲の砂は、血を吸って黒く染まっていた。
うつぶせの彼の背中には大きな傷があり、一目見てこれが致命傷であると知れる。
「……!!」
突然、彼は殺気を感じて振り向いた。
そこには、彼と同じようにずぶ濡れで……手に、金色の槍を持った男がいた。
顔に薄笑いを貼り付けたような表情で、じっ……と彼のほうを見ている。

「お前は……誰だ?」
「僕ですか? 僕は林檎ですよ」
「お前は、俺のことを知っているか?」
「生憎と、仮面ライダーに知り合いはいませんねぇ。
 ……あ、だからってマスクを外す必要はないですよ。
 これから死ぬ人のことなんて、覚えてもしかたありませんから」

そう言うと、林檎と名乗った男は穂先をゆっくりと彼のほうに向けた。

「いや、僕はついてる。銃は流されてるうちにどこかに行ってしまったけど、
 流れ着いた海で、ちゃんとこんな槍を拾えたんですから……それじゃ、さようなら」

槍を振りかぶる林檎。それを見つめながら、彼はぎゅ、と鞄の中身を握りしめる。
……そうか、俺は――。

電光が弾けた。悲鳴を上げて槍を取り落とす林檎。
彼が、振り下ろされた槍の柄に思い切り、電極ナックルで殴りつけたのだ。
柄までもが金属でできている上、ずぶ濡れだった身体にこの攻撃は非常に効果的だ。
麻痺して自由にならない身体のまま、林檎はゆっくりと近づいてくる髑髏を見ていた。
ああ、やめろ、やめてくれ。こっちは動けないんだ。だから助けて――。

足の裏が、思い切り下ろされた。


「そうか。俺は――仮面ライダー」
既に物言わぬ骸と化した林檎を見下ろしつつ、彼は先ほどの言葉を反芻していた。
こいつは俺を、仮面ライダーと呼んだ。
そして鞄の中の『俺とお前で、ダブルライダーだからな』と書かれた紙切れ。
仲間は、きっといる。

そして彼、記憶を失った#3-174は。
二つの死体を浜辺に埋め、墓標代わりに槍を突き立てると、その場を立ち去った。
彼自身が何者かを、知るために。

【7番 林檎 死亡】
【残り20人】

【#3-174 記憶喪失】



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