精神疾患






挽歌はしばらく言葉も無く立っていたが、考えをまとめるとこう言った。
「殺されたくない気持ちは、恐らく誰にでもあるものです。
そうでなければ、さっさと自殺してしまった方が、苦しまずに死ねる可能性が高いはずですから…少なくとも、この島限定ですが」
珍しく林檎は反応しない。
それを確かめてから挽歌は続けた。
「一見あなたの発言は、死に場所を探しているという風に聞こえます。ですがL.A.R.さんと争ったとき、あなたは死ななかった。
それはやはり、あなたが死にたくないと思っているからに他なりません…たとえ相手が、有名コテであってもです」
「ははは、やだなあ挽歌さん。精神分析ですか?」
大真面目で語る挽歌を、林檎は茶化した。

その態度を全く気にしないのか、挽歌はゆったりと歩き出す。
林檎はその隣に並ぶように歩き、訳の分からない葵クローンが付いていく形になった。
「さて…そうなると今一番問題なのは、私とあなたがどうしたら生き残れるかということです」
「……」
「あなたは今、恐慌状態なのです。チャットを叩かれた時や、名無し化して叩きに回っただとか言われた時と、同じような不快感が
ありませんか?」
「……」
林檎は軽口を控え始めたのか、怒りに歯を食いしばっているのか、黙っている。
後ろから見ている葵クローンにとって、彼の不安定さは不気味であった。

歩いているうちに、視界が開けた。2mほど下に川が見える。
挽歌はしゃがみこみ、石を拾うと川に放り投げた。林檎も隣にしゃがみこむ。
「…助言をさしあげます。あなたは、それで生存確率が上がるはずです」
「ははは…凄い自信ですね。それで挽歌さんは、どう生存確率が上がるんですか?」
乾いた笑いと共に、ゆっくりと腰に下げた拳銃へ手をやる林檎。

それを知ってか知らずか、挽歌は川の方を向いたまま語り始めた。
「川に飛び込んで死んだキャラは稀です。飛び道具が当たりにくくなり、追いかけるのも困難ですから、当然でしょう。
たとえ不利な状態になっても、逃げるだけなら可能かもしれません…溺れなければ、ですが」
それが助言なのか、といぶかしむ葵クローンは、林檎が自分の方を気にしたのに感づいた。
(そうか…私が後ろにいる…)
だが林檎の手は止まらない。ぐっと拳銃を握る。
「それが助言ですか?」
葵は息を飲んだ。

そんな二人を制するように、挽歌は林檎の方へ向き直る。
「…林檎さん。あなたはハカロワの時、銃に詳しくないと言っていました。どうやら…相変らずですね?」
「それが何か…?」
「その拳銃の装弾数は、8+1です。つまり初期状態であれば、8発だけ。…あなた、何人と戦いましたか?」
「!」
林檎は思わず残弾を確かめようと、銃を自分の目前まで引き上げてしまった。
すかさず挽歌は林檎の腰の後ろあたりでベルトを掴んで、前に押し出しながら立ち上がった。
「葵さん!押してください!!」
言われて葵も両手で林檎を押し込んだ。
たまらす林檎は、さぶん、と飛沫を上げて転落する。
「ぷは!挽歌、騙したな!」
流されていく林檎に、挽歌は言った。
「いいえ。戦闘前に残弾は確認すべきということですよ!もしもあなたの怯えが消えたなら!その時は御一緒しましょう!!」
挽歌はそれだけ叫ぶと、葵クローンの手を取って上流の方へと走り出した。

葵クローンは手を引かれながら、流されていく林檎を見ていた。
「なるほど、あの人は…怯えていたのですね」
「ええ。彼の感じていた恐怖の感情は精神疾患の一種と言っていいでしょう。
静め方は分かりませんから、とりあえず川へ放り込んで頭を冷やして頂きました」
ようやく立ちどまって、川のほうを見ながら挽歌は言い、笑った。

葵クローンも笑ったが、思い出したように聞いた。
「そう言えば挽歌さん、私を利用しましたね?」
「利用…さて。まあ、そうなるでしょうか?抜かない刀は、よく切れたようで。なにしろ…残弾数も、出任せですから」
葵クローンは開いた口が塞がらなかった。
「銃が見えれば判断はついたんですけれど、見えなかったんですよ。
 それに残弾数を確認していたなら、8+1といった時点で反応があったはずですし、それに…」
挽歌は鞄を漁ると、紙切れを数枚取り出す。
「…いいお守りも、あるんですよ」
そう言って葵クローンに渡すと、服の中に入れるよう指示し、一言つけ加えた。
「林檎さんには、内緒ですが」

挽歌は微笑を浮かべると、再び川の下流を眺め考えた。
殺されたくないだけなら、まだ簡単なのだ。だが挽歌は林檎を反射弾で殺すようなこともしたくなかった。
(…反射しても、痛いでしょうし)
そう心の中で呟いた挽歌が見守る川を、なにかが流れていった。

それが#3-174とは、思いもしなかったのだが。

【#3-174と林檎、下流へ】



前話   目次   次話