Who?






 走る、走る、走る。
 名無しcdの背後からはそう間隔を置かずに銃声が。
 一直線に進むほどバカではなかったので、左に右に走りながらその場所を後にする。
(見通しがよすぎるっ!)
 考えればわかったことなのだ。こんなところを歩いていくなんて自殺行為だった。
(守ってやるなんて言っておいて、結局俺はこの子を傷つけた……くそぉっ!!)
 だが自分を責めるのは後からだ。もう少し走れば木陰に入れる。
 ここには今確認できる範囲では自分しかいない。
 自分がやらずに、誰がやる。

 日向葵はただひたすらに獲物を狙って撃つ。
 一人は気絶しているらしい。それを抱いて逃げるもう一人を足止めしてしまえば二人とも殺れるだろう。
 ライフルが自分の手足のように動く感覚。
 狙いは正確だった。が、あと少しのところで避けられてしまう。
 無理に殺す必要もないが――出来るのなら仕留めてしまいたいところだった。
 次の弾を撃つ、その寸前、自分のものとは違う銃声が辺りにこだました。

(近い。新手か!?)
 先ほどとは違う銃声がした。
 それも意外にすぐ傍――言ってしまえば、これから彼が逃げ込もうとしている木陰から。
 一瞬迷うが、今はとりあえず背後の狙撃者をふりきらなければいけない。
 あそこに誰かいたら――その時はその時だ。
 目標を変えずに走る。
「急ぎたまえ! もう少しだ!」
 誰かの声がした。同時に銃声が――新しい方だ――立て続けに三発。
 考える間もなく、cdは木陰に駆け込んだ。

「くっ!」
 葵は唇を噛む。
 わかっている。誰かに妨害された。
 新たな銃声に一瞬戸惑っているうちに、彼らを補足するのが遅れてしまった。
 済んでしまったことは仕方のないことだけれど。
 二人の荷物と思われるものが放置してある。
 流石に、今取りに行くのは危険な気がした。

「はぁ、はぁ……」
 学校からは姿が見えないだろう場所までなんとか逃げ切ることができた。
「ようお疲れ。怪我はしてないかね?」
 奥から一人の男が姿を現した。
 背が高く、四角い大きめの眼鏡をかけている。
 着こんだ白衣が謎だった。
 そして、片手には銃。
「あなたは……助けてくれたんですか?」
「一応そのつもりだったが、迷惑だったかね?」
 名無しcdは勢いよく首を横に振る。
「いや、とんでもない。おかげで助かりました」
 既に敬語である。
「ふむ。やはり例を言われるのは悪い気はしないね。見たところ君は無事そうだし」
 傍らのquitに目を向ける。
「お嬢さんもたいした怪我じゃない。今は意識を失っているが大丈夫。安心したまえ」
 cdの体から力が抜ける。
 助かった。彼女は助かった。当面のところは。
「ありがとうございます、本当に」
 その言葉に、しかし男は目を細める。
「しかし君。君達が学校に向かっていく所から私は見ていたが、あれは不注意だぞ。
 この島がどんな場所か、忘れたわけではあるまい」
 男の言葉が刺さる。その通りだ。
「今は……わかっています。
 それで、この子をこんな危険な目に合わせてしまった……っ!」
「ふむ。ま、わかっているならいいだろう」

「は?」
 男は表情を崩した。
「荷物を落としたり軽症を負ったりということはあったが、今こうして無事なんだ。
 次からは油断したりしないだろう」
「……そう、ですね」
「ミスを繰り返さないことだ。それが一番大事なことだと私は思うね。
 もっとも、今は一度のミスが死に直結する状況ではあるが。厄介なことだよ」
「あの……」
「ああ、それは後だ。今はもう少し大事な話がある。
 さっきの一件で校舎の人物が今後どう動くかわからない。追ってくる可能性もあるわけだ。
 加えて誰かがここに来るということも考えられる。戦いの気配を察知してな。
 君の彼女はこんな状態だがどうする? 今すぐ場所を離れるか、目が覚めるまでここにいるか。
 私は君達に付いていくことはできないし、この銃も荷物も渡せない。まあ無理に奪うなら相手にはなるがね。
 さあ、どうする。選びたまえ」
 選ぶ。あまり迷わずに。
「しばらくは残る。情けない話だけどこの子を抱えたまま逃げられるか自信はない。
 いや、そういう時が来たら何があろうと守り通す覚悟はある」
「なる程わかった。そんなところだろう。
 さて名も知らぬ君は、先ほど何を言いかけたのかね?」
「それです。俺は名無しcd、この子はquitと言います。
 あなたは、誰ですか?」
「ほう。自分から名乗ってから相手に名前を訊くとは、礼儀正しい人だ。
 私はヘタ霊と言う。覚える価値もない名前だよ、cd君」

 お互いに島でのことを話し合う。その間も、ヘタ霊は校舎から一時も目を離すことはなかった。
「私はね、あの校舎の中にいる人物をストーキングしているのだよ」
 話はこういうことだった。
 ゲーム開始直後、参加者の一人が管理者の見張っている小屋に入っていくのを偶然目撃した。
 しばらくその場で張っていたら彼女――その人物は女性だと言う――が出て行った。
 追いかけるかここに残るか、結局ヘタ霊はその場にとどまることを選んだ。
 そして、目撃する。
「彼女と容姿が全く同じ人間が、今度はライフルを持って出てきたのだよ。
 彼女は確かに参加者だったが、あのメンバーの中に双子などいなかった。
 君はどう思うかね? このことについて」
 突然話を振られる。
 そんなことわかるわけがなかった。しかし、この葉鍵キャラが管理するという不可解なハカロワ。
 それを考えると。
「クローン、とか?」
「私もそれを考えた。興味が湧いたわけだよつまり。
 なんとかしてその小屋に入りたかったのだがね、二人目の彼女が出た直後、小屋は爆破されてしまった。
 あの爆発も本来なら非常に不可解なものなのだがそれよりも気になったのは彼女だ。
 背後の爆発にまるで気付く様子がない。白昼夢を見ている、といった感じか。
 これはどういうことだろうと思い、こうして後をつけている」
「はあ……そうですか」
「知的好奇心だな。君、私は自分の命にあまり興味はないが、この現象がどうなっているかには興味がある。
 さっきは君たちを助けたが、彼女が危なくなったら私は迷わず彼女を助けるぞ?
 直接問いただしてみたいのだが彼女はあれだからな。問答無用で殺されかねない。
 このままでも何か発展するわけでもないようだから、いずれ接触ははかるつもりだがね」
「はあ……」
 間抜けな返事しか出来ないcdだった。

 会話が途切れ、居心地の悪い空気が漂う。それはcdだけが感じているものであったけれど。
「あ、あの」
 耐えられずに口を開いた。
「その二人って、どちらがオリジナルでどちらがクローンかとか知っているんでしょうかね?」
 ヘタ霊はちらりと視線をcdに移した。
「そう。それも興味がある。しかし、な……
 考えてもみたまえ。自分と同じ人間が存在しているということを。
 どちらがオリジナルで、どちらがクローンか、それを確認するのは本人達には深刻な問題だろう。
 クローンがオリジナルと全く同じ記憶を持っているとなると、これはもう難しい。
 自分の持っている記憶が本当に自分のものか、自信を持っていえるかな?
 記憶は外部からいくらでも改竄が可能だ。
 その気になればオリジナルの記憶を消し、クローンに偽の記憶を植え付け立場を逆転させることもできる」
「なんで、そんなことを……」
「我々をまるでオモチャ扱いだ。全く気分が悪いよ」
 忌々しげに吐き出す。
「もっとも、先に彼らをオモチャにしたのは我々であるわけだが、ね」



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