裏切り続けた男
「このツナギは防弾チョッキだ、少しは勝負できるさ」
「――また後でどっかで落ち合うぞ! 僕は絶対死なない!」
嘘だ。
分かってるんだよ、そんな事は。
だけど、
友達の頼みとあっちゃあ、断れないだろ。
右脚からは絶えず血が流れ続ける。
気持ちだけでもトップスピードで走る。
背後、近くて遠いところから連続する銃声。
笑えた。
その「友達」を見捨てて、必死に「生」に執着する自分が滑稽で。
『これは死ななきゃ嘘でしょう』
結花を殺したとき、そう書き殴って場を荒らしたのは誰だ?
フランクを参加だけさせといて、とっとと書き手撤退して見殺しにしたのは誰だ?
…なんだ。当然の報いじゃないか。
俺だってまた、沢山の命を弄んでいたんだから。
――だったら、潔く死を受け入れるべきじゃないのか?
ここで立ち止まれば、1分もかからず、「。」が追いついてきて、それで終わりじゃないか。
でも、それは出来なかった。
そんな事をしたら、それこそアイツを裏切ることになる。
データサイトを放り出し、
対戦表サイトを放り出し、
沢山の人の期待を裏切ってきたんだ。
この上、アイツまで裏切るわけにはいかない。
だから、
走る。
実際の速度は、常人の早足にも劣るだろう。
でも、これが俺の最高速。
反撃の手段はない。だから、最後の最後まで、逃げ続けてやる。
後ろは、絶対に向かない。
「――ヘッ、ヘッヘッ」
また、笑いがこみ上げた。
さっきの自嘲じみた笑いとは違う。決意に満ちた男の笑いだった。
後方から、微かに足音。
後ろの方向に貸してやるのは聴覚だけ。
あとは全部、ひたすらに前を向く。
海が見えた。ただ、前方は崖。海岸はもっと東。
待ち合わせの場所まで、もう少し。
ただ、待ち人は来ない。
来るのは、
「…追いつきました」
殺人鬼だけ。
「彼は?」
振り向かない。
「…殺しました」
「……そう」
振り向かない。
「…そして、あなたも、これから後を追うことになります」
「…………」
振り向かない。
ちゃき、と小さく、銃器を構える音。
「さよなら」
振り向かない。
振り向かず、返事だけ返してやる。
「誰がお前なんかに殺されてやるかよ、バーカ」
同時に、ただ1歩、脚を前に出す。
その瞬間だけ、振り向いて奴の顔を見てやった。
ぽかん、と、呆気に取られた間抜けな顔をしていた。
面白かった。
そして、落ちる。
不思議と、怖くはなかった。
絶対死なないという、確信めいたものすらあった。
「…………」
一瞬、本当に一瞬で、水面が目の前に迫る。
その一瞬の間に、何度も何度も、「。」の間抜けな顔を思い出して笑った。
高く、水柱が上がった。
【#3-174 崖からダイブ 生死不明】
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