兆し






 名無しさんなんだよは突如、目指していた入り口に左手を着いて現れた男に驚いた。
 その男はこちらを驚きと苛立ちが入り混じった顔で見ながら右腕を向けてきた。右手にはショットガンが握られていた。
 その右腕はよく見れば、二の腕の辺りから血が流れている事が確認出来ただろうが、そんな余裕は名無しさんなんだよにはなかった。

――危険だ、と思うよりも先に左手に持った盾で顔を隠していた。本能的な行動だったし、足を動かす、なんて思考は微塵も発生しなかった。

 獣めいた咆哮を響かせ、銃口から粒弾の群れが飛び出す。
 至近距離からの一撃ならば障害物など粉微塵に吹き飛ばす破壊力を秘めたその一撃。
 しかし、その一撃を受けた相手はう〜っ。おでこが痛いんだよ〜。と呟くだけだった。
(ちぃ!! なんなんやアレはっ。ただのコスプレの小道具やないんかい!)
 粒弾の大半は盾の上部をかすめ――その衝撃でおでこを打った様だ――残りは天上に穴を穿つだけに過ぎなかった。
 確実に顔面をぐしゃぐしゃに出来たハズの粒弾は全て弾かれたのだ。

――上空から落ちてくる拳大のガラス片。それを避けたのは良かったが、体勢までは気にしていられなかった。結果、地に手を着く格好で半ばしゃがむような形で狙う。じっくり狙っている暇はなかった。撃った反動で右手が大げさなぐらい跳ね上がり、傷から激痛が走る。
 尤も、呻き声は爆音に掻き消されたが。

 跳ね上がった右手を持ち直し左手も添えて構える。ただのその行為。――だが、名無しさんなんだよは既に鉈を振り上げ、投げつけていた。
 物騒な風切り音を纏い、回転しながら飛んでいく鉈。当たったら致命傷にも成りかねない様な勢いだった。当たったらの話だが。
 それを上手くかわして、再び照準を合わせようとした時には既に、名無しさんなんだよが目の前にいた。元々、確実に狙える距離まで彼女を近づけていたのが災いしたのか。それでも疲れていた彼女にとってはいささか驚異的なスピードだった。

「遅いんだよ」
 悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、右手に持ち替えていた盾ですくい上げる様に銃身を弾く。その直後、ショットガンが吠えた。僅かな差だった。
 粒弾の群れが誰もいない空間を飛んでいく。――訳あり名無しさんだよもんは、隙だらけだった。
 更に名無しさんなんだよはダッシュの勢いと遠心力を利用してガゼルパンチよろしく左肩に下げていた鞄で、顎を下から突き上げた。




 エスカレーターを駆け下り愛しき人を守る為に一階へと降り立った、祐一&浩平(9)は、少し迷っていた。
「何処に行ったんだ、彼女は……」
『探すしかないだろうな』
『それしかないな』
 極力足音を立てない様に気をつけながら歩いていると、爆音に似た銃声が響いてきた。祐一&浩平の顔が青ざめる。
「ショットガン!?」
『射程範囲と破壊力は頼りになるな』
『射程距離と貫通力は頼りにならないな』
 小走りで音のした方に駆ける。正面入り口が見えた時に先程と同じ――今回の方が幾分はっきり聞こえた――ショットガンの銃声が轟く。一瞬、最悪な光景が浮かんだが、それも、一瞬だった。
「アゴがっ……跳ね上がった」
『……』
『どうした? 相棒』
 更に彼女はでかい盾みたいな物を両手で振り上げ、こめかみの辺りをぶん殴った。それでショットガンを持った男は地面に倒れた。動かなかった。
「勝利のポーズ♪」
 それで勝ちを確信したのか、彼女は少々エキサイトしている様だ。鞄と盾も床に転がっている。

「さぁ、勝利の余韻を味わっている内に彼女に挨拶しておこう」
『ぉぃぉぃ、危険だなぁ』
『恋は盲目。いや、フィルタ機能か』
 まぁ自己紹介なんてその時の直感でいいだろう……なんて楽観的な考えを抱き、祐一&浩平は歩き出した。彼女はショットガンを取ろうとした時に祐一&浩平に気付き、さっと、身構えた。
「あ、だ、誰なんなんだよっ!?」
 敵意は無い、と言わんばかりに両手を上げながら祐一&浩平は近づいていた。そして口を開き最高にエレガントな自己紹介でもしようとした時に――見た。地に伏した男のショットガンが動くのを。
 駆け出した。三歩目で彼女にタックルをかます様に飛びかかる。
「な、何する気なんだよ〜!?」
『強引だな』
『いきなりそんな展開なのか』
 場違いな声が聞こえた気がしたが、そのまま彼女の後頭部を保護しつつ――銃声が響いた――床を転がった。
「くそっ! 意識がもうろうとするわい」
 寝そべったまま悪態を付く関西弁の男。
 呆けた顔の名無しさんなんだよの視界に彼は映っていなかった。彼女の視界に映るのはついさっき放たれた銃弾が穿った穴と、そのピンチを救った祐一&浩平の顔と。

――その彼のこめかみ辺りに揺れる赤い、レーザーポイントの光だけだった。


【訳あり名無しさんだよもん/直には動けない模様/残弾が気になる】
【名無しさんなんだよ/盾と鞄を床に放置中・鉈は飛んでいきました/レーザーポイントに気付いているのは今のところ彼女のみ】
【感想スレRの142/狙い中】
【祐一&浩平/名無しさんなんだよに抱きつき押し倒す】



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