それは走馬灯にも似た一時
『とりあえず、手を組まれるのは阻止できた、かな』
学校の屋上。
ライフル銃のスコープから目を離し、彼女は一人ごちる。
栄養ドリンクの空瓶が無造作に転がっているこの屋上からは、丁度教会前が見渡せた。
設備も充実しているし、ここには誰かしら来るだろうと睨んではいたが、
どうやら『屋上に先客がいたらしい』のは彼女にとっても意外だった。
『疑心暗鬼に満ちたこの島なら、一発の銃声だけで充分、不和を引き起こせる』
それは彼女の経験則。
……経験則という思い込み。
自分自身のクローンという存在をすら信用できなかった彼女は、独りでこうしてここにいた。
銃声すらなくても、不和が起こるときは起こるし。
銃声があっても、信頼できるのなら信頼できる。
そのことに、孤独な彼女は気がつけない。
(事実として、教会前の二人は銃撃の末に別れているが、そもそも口論していた)
銃に弾を込めなおすと、彼女は屋上の端で身をかがめつつ、周囲の様子を窺った。
適度に晴れた空は、しかし心を覆う暗澹たる雲を晴らすのには役立たない。
狙撃地点からぐるりと回って反対側……昇降口側に移動したところで、彼女は気づいた。
……近づいてくる。
『敵はカップル、その数2』
懐かしめのゲームから拝借したエンカウントメッセージ。
姿勢をかがめたまま彼女は、ゆっくりと銃を構えた。
「……再び、回想終了」
いざ、狙いをつけて人を狙う段になると、踏ん切りがつかないものね――。
彼女――オリジナルの日向葵は、自嘲気味に目を細めて笑った。
先ほどは教会前が見えるとはいえ、私の腕じゃあ万が一にも当たるという心配はなかった。
だが今回は違う。相手との距離も近く、しかもこちらに近づいてくるのだ。
引き金を引くだけでこの長銃は、あっさりとどちらかの命を奪う可能性が、高い。
最低限の警戒はしているらしいが、屋上に潜んでいるこちらに気づいた様子はない。
無防備といってもいい様子で、どんどんと近づいてくる。
「私が死んでも、代わりは……いないわ」
言い聞かせるように口ずさみ、頭の中から余計なことを閉め出す。
私は私。私は……生き残りたい。
スコープによって、拡大された笑顔が見える。
(いいわね、あなたたちは信頼できる人がいて)
銃身をゆっくり、ゆっくりと動かし、狙いを定めていく。
そして、レンズに写った人物が、とびきりの笑顔を見せた瞬間。
日向葵は、引き金を引いた。
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