Wheel of fortune






「なんて危ない野郎なんだ、あのD.Q.N.は。いきなり襲いかかってきやがって…」
当面の危険を回避し、命(男子1番)はほっと一息つく。
「まいったな…」
マナーさんとの約束があるのに。それに、赤目さんとの約束も。
命は内心舌を巻いた。

「……誰なんだ?あの銃を撃った奴は」
命は銃など持っていない。さらに、あの最初の銃声の前にL.A.R.は銃を撃っていない。
完全に誤解しているL.A.R.とは違って、別方向から撃たれた銃に気付いていた。
だが、今はもうどうしようもない。とりあえずあの場は逃げる他なかった。

そして今は安全そうな森の中、小さな池のほとりで一時の休息を取っていた。
ガサリ…
否、だけになった。
近くの繁みがざわめいた。
ギクリ。さっきの今だ。命は口から心臓が飛び出しそうになった。
(だ、誰だ!?)
新手のスタンド使いか? 命はさっと木陰へと身を潜めた。
銃声の方角とも、L.A.R.の逃げた方角とも違う。
あれからそれほど経ってはいない。L.A.R.やその謎の人物である可能性は低い。
ナイフを抜き身にして逆手に持つと、息を殺してジッと身を潜める。気付かれないように。
ガサリ。すぐ横の繁みが動いた。
そして、人の足が目の前に出てくる。
「あのー…むぐぅっ!?」
命はその人影の背中にすばやく飛びついくと、騒がれないよう口を塞ぎ、その首筋にナイフを突きつけた。
「動くな。動けばこのナイフを横に引く。そのまま、手に持ってるものと武器を捨てろ。すぐに」

Kyaz(女子22番)から、今までの話を聞いた。
いきなりナイフを突きつけられた彼女。しばらくは恐怖に引きつっていたが、今の彼女はそれなりに穏やかな表情に戻っていた。
二人は、人物探知機を囲んでここに座っている。今周りに人の気配はない。
「まとめると――こうだね。とりあえずボクは命さんに殺されなくってホッとしている――と」
「どこをまとめてるんだよ…。しかもボクの真似しないで」
「…お前、うぐぅって言ってみろ」
「嫌ですよ。ボクって言ってるからってそういう見方しないで」
「挿絵がないからごまかせる。がんばれば大丈夫だ」
「誰をごまかすんだよ!」
「冗談だ」
禁句ギリギリの発言だった。
「ボクにはボクのアイデンティティがあるんだから」
ない胸を張る。ヘンな所に誇りをもってるんだな、とある意味感心する。

真面目にKyazの話をまとめると――彼女はみんなで脱出しようと決めた。関西系の男に協力をもちかけたが駄目だった。
彗夜にも協力を持ちかけるがやっぱり駄目だった。ここより上流の川にはピラニアさんがいっぱいだった。
跋扈の剣が『。』で危険が危ない。

で、人物探知機に映った命の光をみて、ここに来た…らしい。
いまいち支離滅裂で要領を得ないなKyazの説明ではあったが、なんとなく伝わったのでそれで納得することにした。
「それにしてもまた彗夜とD.Q.N.絡みかよ…呪われてるのかね、俺」
「D.Q.N.って?」
「あ、いや、L.A.R.っていう茜狂いの有名コテ」
「茜…。そういえば、ボクからも一つ聞いていいですか?どうしてそんな格好してるんですか?」
「似合いませんか?」
「え、まあ、命さん男ですし…」
「たぶん、酔ってるんです」
「酔ってる?」
「いや、正直真面目に返されても困るが」
少しはノってきた祐一を見習え! と毒吐きたくもなるが、意味がないのでやめよう。
「…約束と、それに対するけじめだよ」
やりきれない溜息とは裏腹に、その口調は真剣だった。

先程まで一触即発の空気だったというのに、二人は今ずいぶんとリラックスしていた。
もちろん人物探知機の索敵能力のお陰で危険をいち早く察知できる、というのが一番の原因だが。
だがその二人の心は恐らく、まるで違う。

命は、とりあえずお互いの武器を体から遠ざける(人物探知機のお陰で、少しは余裕があった)ことで、
初対面のKyazに気を許せた。
(仕方ないじゃないか。一応これでも人は信用したい、と思ってる方なんだぜ)
L.A.R.についても、まだ接触をあきらめたわけじゃない。
自分が気絶してる間に何かあったのかもしれないし。マナーさんの話を聞いた以上、根っからの悪人とは思いたくない。
もちろん、赤目との約束もあるので、一概にL.A.R.と争わないとはいえないけれど。
(実質的に茜を殺した話書いたのは俺だけど、どうしてこう、巻きこまれるのかねぇ)
とにかくもしもの時にも、素手ゴロなら負けない自信がある。という安全性の元、こうやってリラックスしている。

一方、Kyazはどうも緊張感に欠ける。すでに人が死んでいるというのに、すでに殺されそうになっているというのに。
(命は、Kyazが彗夜と出会って、そしてここで生きているのが信じられない、位に思っていた)
すでに彼女はここでこうやって話せる相手を見つけて安心しきっているんじゃないのか?

「なぁ、これからどうするんだ?」
「え、もっと仲間を見つけて――それから」
「いや、とりあえずやっぱいいや」
「?」
困った。『もっと仲間を見つけて』とか言ってる。すでに自分――命が仲間になっていることに頭が痛くなった。
彼女は危険だ。とても生き残れるとは思えない。
手に渡ったのが人物探知機でなければ、もう天に召されていたかもしれない。
持っていても、彗夜と軽はずみなコンタクトをしたり、命にあわや殺されそうになったりしたのだ。
彼女は今生きている。だがこの島ではいつまでもそんな強運がついて回らないだろう。

直感が働かなければ赤目に殺されていたり、祐一に遅れをとったり、L.A.R.と言い争ってる内に狙われたり。
命もここまでの行動の中での判断ミスが少ないとは言いきれなかったが。
(これだけは断言できる。こいつは俺の数倍危機感が足りない)
このまま放っておけば、見境なくやる気になってる人間に出会った瞬間、彼女は消える。
疑わしきは罰せず。この精神はあまりここでは誉められたもんじゃない。

この島では、誰を見捨てても誰も文句は言わない。
じゃあな、と言って別れることも可能ではあったが。
(これも運命かねぇ…彗夜や『。』嬢の情報を運んできてくれたし)

多分、自分は必要とあらば人を躊躇なく殺せる。赤目の時もそうだった。
だが、ここでKyazを見捨てて別れられるほど命は冷たくは徹することはできなかった。
もしここでじゃあな、と言って別れられるような人間だったら、茜の格好なんてしてないし、L.A.R.や彗夜のことも追わない。

これも運命と思って受け入れよう。命の腹は決まった。
今まで決めかねていた自分の生き方。
命はゲームに乗ることを選ばなかった。動き始めた運命に乗ることを選んだ。
もう、途中下車はしない。たとえその先に殺し合いが待っていようとも。

(願わくば、この夏が――まだ始まったばかりでありますように)
思わず天を仰いだ。こんなにもまぶしくて高い太陽の光。
暖かさを感じれば感じるほど、とても遠くて。

「……どうしたんですか?」
涙を流さないまま泣いているような表情をした命に、Kyazが問う。

命は軽く両の掌で顔を叩いた後。
「いや、その跋扈の剣は、『麒麟』と『鳳』のどっちなんだろ?とか思っただけ」
「言ってる意味が良くわからないよ…」
「そうか」
と軽く流した。どっちであっても、縁起はかつげない。



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