かもめがうたう日






ふよよん、よよん。
よんよん、ふよん。
そんな擬音が似合いそうなほどに触覚(アホ毛とも言う)を揺らしながら、
名無しさんなんだよ(29番:女)は海岸沿いを歩いていた。
「うう、重いんだよ」
支給された鞄は小柄な身体に不釣合いなほど大きく、彼女は思わず泣きそうになった。
岩場の影に隠れたところで、はうぅと息を吐きながらへたり込む。
ごそごそと体を動かし、ようやく肩が鞄から開放された。
「はぁ……まったくもう、危うく重さで死ぬところだったよ」
彼女はそう言って鞄にもたれかかる。
鞄はディスプレイモニターぐらいの大きさで、ずしりと重い。
中身を確かめるよりも、まずは休憩がしたかった。



「もしもし、もしもーし?」
「むにゃむにゃ……もう食べられないんだよ……」
「起きてくださいよ。危ないですよ?」
「ううん……ん〜……う?」
目が覚める。すると彼女の目の前に顔があった。
ばっちりと目が合う。一瞬の空白。
「――――――――」
「よかった、目を覚ましてくれて」
「だ、だよーーーーーーーーっ!?」

突然の遭遇にパニックに陥る名無しさんなんだよに、あわてて身を引く男性。
両手を挙げて、とりあえずは敵意のないことを示す。
「驚かせちゃってごめんなさい。僕は暇人っていいます」
そう言って、片手を差し出す暇人(12番:男)。
思わずその手に掴まって、立ち上がる。
「あ、ありがとうなんだよ」
「どういたしまして」
そう言って、彼はぽんぽん、と彼女のスカートについていた砂を払い落とした。
そんな彼の所作を気にしつつも、ようやく落ち着いた彼女は自己紹介をする。
「名無しさんなんだよは名無しさんなんだよだよ」
……解りにくかった。
「ええと……名無しさんなんだよだよだよさん?」
「違うんだよ……」
ふう、とため息をつく彼女に、暇人は申し訳なさそうに微笑んだ。
そして、彼女がもたれかかるようにしていた鞄に気づく。
「あれ……それって、鞄なんですか?」
「あ! そうだったんだよ。思わず寝ちゃって開けるのを忘れてたんだよ」
慌てて鞄に向かう名無しさんなんだよ。
そんな彼女を、男ながらにしてしょうがないなあ、といった顔で見つめる暇人。
彼は、はっきりいってゲームに参加するつもりはなかった。
ただ単に、のんびりと時間を過ごせればそれでいい、そう思っていた。
ここへ来たのも、海でも見ようかと思いついたからに過ぎない。
まさか、そこで熟睡している少女がいるとは思わなかったが……。
その彼女は、まだ鞄の向こう側でファスナーと格闘しているらしい。

くぁあ、くぁあ。
緊張感のないかもめの声が、無節操に周囲に響く。

「少し、向こうのほうを見てきます」
そう言って、暇人はくるりと彼女に背を向けて歩き始めた。
ここから見えるあの岬は、釣りをするのにちょうどいいかな……。
そんなことを考えていた彼の足が、ぴたりと止まる。
「……え?」
訳がわからない、といった風に声を上げる。
彼の胸からは、槍の穂先が飛び出していた。
「ものすごく重かったから、はじめは爆導索かと思ってたんだよ」
そんな声が聞こえてきたが、彼は既にショックで思考できる状態ではなかった。
肺から逆流してきた血泡を吐き出し、ゆっくりと前のめりに倒れる。
辺りの砂浜に、急速に血が吸い込まれていく。

そこに立っていたのは、金色の槍を手にした、ふよよんアホ毛の少女が一人。
「実はなんと、天秤座の聖衣だったんだよ」
わ、びっくりだよ、といった風におどけてみせる彼女は、とても殺人者には見えず。
彼女はそのまま、血のついた槍を海に向かって投げ捨てた。
そして、自分の鞄と暇人が持っていた鞄を引きずりつつ、彼女はほくそ笑んだ。
「このゲーム、名無しさんなんだよが生き残るんだよ」

かもめの声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

【12番 暇人:死亡】
【残り34人】




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