葵クローン〜その心の拠り所〜
名無したちの挽歌が、一人何事かを考えている。
「名無したちの挽歌」という人間は感動話を書いたと思えば鬱になるほど残酷だったり、真面目人間かと思えばバカな
ギャグをかましたり、礼儀正しいと思えば毒を多分に含んでいたり、SS書きと思えば絵を描いてみたりと、不明瞭な人だ。
葵クローンの知る挽歌像は、これが全てで彼女の薄い記憶と知識には、ハカロワ開始以降のものしか存在しないために、
要約すると「名無したちの挽歌=よくわからない人」となる。
いや、彼より「わからない」のは自分だ。
クローン。人間のクローンは人間なのか?自分はどうすればいいのか?
考えても結論など出ない。だから深刻に考えないでいた。逃げていたのかもしれない。
それに向き直ると、今でも足が震えてくる。へなへなと葵クローンは崩れるように座り込んでしまっていた。
そんな葵クローンの目の前でしゃがみこみ、「クロワッサン食べる?」とでも言い出しそうな顔でこちらを見つめている人間がいる。
もちろん名無したちの挽歌に決まっている。
たっぷり数分何事かを考えながら、こちらを凝視していた挽歌が、ようやく口を開いた。
「あなたは…自分が可哀想だと思いますか?」
「は?」
よく分からなかった。
「どうですか?」
「そう…かもしれない」
実感はないが、そうかもしれない。重ねて尋ねる挽歌に葵クローンはそう答えた。
自信なさげにつぶやく葵クローンを見つめる挽歌。センチメンタルな慰めの言葉でもかけるのだろうかと
心のどこかで葵クローンは考えた。しかし予想を外す事を楽しむように挽歌はニヤリと笑った。
「確かにクローン体という生まれはショッキングでしょう。それはこの上なく不憫かもしれません。
…けれど、あなたはこの島の中で一番明確に平和の道を歩むことが出来る人なんです。羨ましいぐらいに。
とりあえずこの島にいる限りでは、一番幸せな人かもしれませんよ?」
葵クローンにとって、よく分からない理論だった。
「どういうことです?」
「あなたはこの島にいながらにして参加者ではないからです」
微笑を含んだすまし顔で挽歌はためらいなく答える。
「共闘する場合に多くの人が恐れるのは仲間の裏切りです。さて何故裏切りがおこるか分かりますか?」
「それは…参加者が減れば自分が最後の一人に………あ」
葵クローンは目の前に、道が開けた気がした。
そして目の前に、握手を求める挽歌の手があった。
「私とあなたが殺しあう理由は、ゼロということです。
私があなたを殺したとしても、最後の生き残りになる確率は全く上がりません。あなたは参加者じゃありませんから。
だからあなたが、あなたに対して殺意を抱くわけのない私を殺しても、あなたの生存確率は上がりません」
淡々と当然のように語っていた挽歌だったが、最後にもう一度、手を差し伸べた。
葵クローンはその手を取ると、ぎゅっと握手をした。
意識が覚醒して以来、初めて確かなものを掴んだ気がしていた。
「よろしく、挽歌さん。私はあなたの盾にも武器にもなれませんけれど」
「こちらこそ、葵さん。私もあなたの盾にも武器にもなる気はありませんから、お気になさらずにどうぞ」
葵クローンは考えた。結局この人はよく分からない人だと。
しかし彼を信じている限り、自分は人間でいられるのではないかと。
【名無したちの挽歌:葵クローンを入手?】
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