キラキラ
火事場にいきなり出くわした人間は枕を手に持って外に飛び出す、という話を聞いたことがあるが、
今まさに彼らはそんな感じだったのかもしれない。
まだ、#3-174はフライパンを手に持ったままだったりする。
つい先ほど調理に使われたフライパンであるため、走るたびに飛び散る油が始末に悪い。
目玉焼きに飛び散る程の油を使う彼らにも多少問題があるが。
どちらが使用したのか、はこの際触れないでおく。どうせ些細なことだ。
料理が多少油っぽい程度では大量失神を誘ったり、性格が反転してしまったりはしない。
喫茶店を脱出してからまだいくばくも経ってない。
正面入り口付近にはいきなりショットガンをぶっ放した危険な男がいる為、
正面からは死角になるようにこそこそと逃げ出す。
追ってくる気配も銃声もない。なんとか撒けたんじゃないか。
二人はそろって大きく息をついた。
その時――
「あ……」
この島で、安心なんて言葉はほど遠い。すぐにそれを知ることになる。
『。』明確に百貨店の方に向かって歩いていた。
といっても、『。』に百貨店へと行こう、という思いがあったわけじゃない。
もっとはっきり言えば、特にここに行こう、という目的地自体がなかった。
だからそれは、自然に足が向いたのだというほかはない。
――強いて言えば、だ。遥か(略)に、
『あそこに大きい建物――デパートみたいなのがあってアトで役に立つかも』と告げたことがある。
頭のどこかで目印にしていたからかもしれない。
経緯はどうあれ、『。』は確かに百貨店の方角へと歩いていた。
常に周りを意識はしていたが、時折は止まって辺りを確認する。
展望しにくい雑木林の中ではあったが、ここからでも百貨店の高さは際立っていた。
偶然だった。密閉された空間の中で起こったもので、さらに距離もある。爆音としてはほとんど聞こえなかった。
だが、偶然にも目の端に捕らえた映像は、一瞬心を奪われるには充分だった。
百貨店の6階の窓の一部、そこが、いったん凸型に膨張したかと思うと、日光の光を反射させながら砕け散った。
本当に、一瞬だったのだ。心を奪われたのは。
およそ、窓が弾け、日光の光を浴びてキラキラと光り舞う硝子の欠片が空に霧散する、そんな一瞬の間だけ――。
「あ……」
時を同じく、大きく息をついた二人も、その光景を見た。
百貨店6階の一部の窓が割れ、欠片があられのように落ちていく様を。
そして、その二人の視線の一直線上に、一人の姿を確認した。
「「ん――あの娘は?」」
T.Tが#3-174が、ほぼ同時にそう口にした。その後、ケコーンなどと言ってるだけの暇はなかった。
――先に、イングラムM11を片手にした少女を、T.Tと#3-174の二人は発見した。
常に辺りを確認していた『。』。
訳ありから逃げ、ようやく一息ついたT.Tと#3-174。
彼らが二人であるということを差し引いても、先に『。』を見つけられたのは奇跡に近かったかもしれない。
それほど、『。』は慎重に事を運んでいたわけだが。
予期せぬ事態には、普通の感情を持つ人間であれば少なからず目を、心を奪われる。
『。』は、感情を押し殺しているものの、感情が欠落しているわけじゃない。
彼女は初期の藤田浩之で、里村茜で、篠塚弥生で、そして或いは相馬光子ではありえたかもしれない。
だが、桐山和雄にはなりえなかった、ということだ。
『。』にとって幸いだったのは――
彼らが確認すると同時に銃を乱射するような危険な人物ではなかった、ということだろう。
そうでなければ、彼女の物語もまた、ここで終わりを告げていた。
わずかに遅れて、『。』が二人の存在に気付く。その刹那イングラムが火を吹いていた。
「――!!伏せろ!」
マシンガンの殺傷範囲を考えると、位置、距離共に充分だったが、先に気付かれた分、かわされた。
地面へと転がった時、#3-174が所持していたいくつかの卵が、鈍い音と共にその生命を終えた。
まあ、慈しんで温めたとしても、雛がかえる、なんてことはないのだが。
一方、『確認すると同時に銃を乱射するような危険な人物』はその頃。
「なんや?危ないやないか!」
未だ喫茶店の入り口の近くで、振りかかる硝子の破片を乱暴に振り払っては百貨店と喫茶店を交互に睨んでいた。
前話
目次
次話