告白/また別の場所では






「で、L.A.R.さんは行ってしまわれましたが、あなたはどうしますか?」
 走り去って行った方を見ながら挽歌は問う。
「そうですね。脱出という意見は賛成です。
 殺し合いよりもよっぽど実のある行為だと思いますわ」
「場合によりますけどね。で、協力していただけますか?」
 しばしの時間を置いた後、葵は首を縦に振った。
「誰かが敵に回ってしまった時は、あなたの仰った通り戦うしかありませんわね。
 避けられないことなら……仕方ないでしょう。理想ばかり唱えてるわけにもいきません。
 もっとも理想通りに行動することを忘れはしませんけど」
 挽歌はほっと溜息をつく。この島に来て実質始めての仲間だ。
 最後まで仲間でいられるかは……今のところわからないけれど。
「それでは共闘ということで。
 そこで一つ聞いておきたいんですけど、あなたに支給された武器は何でしょう。
 他にも持ち物――何か役に立つもの持っていませんかね?」
 これは聞いておかなければならないことだろう。知っていないと作戦も指針も立てられない。
 が、この質問に葵は顔をしかめる。挽歌には予想もしなかった反応だった。
「教えないといけませんか……ええ、いけませんよね。まいったなあ」
 丁寧語が崩れる。
「仕方ありませんね。これを聞いても同盟解消ということにならないように祈ります」
「それは、どういうことで?」
「私の支給武器は、実は――」

 ――私、なんですよ――

 思い出す。
 鞄の中には支給武器が入っていると思っていた。
 だがそこには紙切れ一枚。外れかと一瞬思ったが、よく見ると地図のようなものが描いてある。
 そこに記されている場所に行ってみたんだ。
 小さな建物。扉の前に立っていたのは、あの国崎往人だった。
『ここまで辿り着く前に死なれたら、金が無駄になるとこだった。入れ』
 言われるままに足を踏み入れる。
 そこには、「私」がいた。
 目を閉じて、呼吸もしていないように見える。
『これがお前の支給品。キャラロワであっただろう、クローンってのが。
 アナザーになっていたが、今回出血大サービスで誰か一体作ってやろうという話になってな。
 お前が選ばれたというわけだ』
 信じられないものが目の前にある。現代の科学でこんなに精巧なものが作れるのだろうか。
 いや、葉鍵キャラが目の前にいるという事実が既に現実離れしている。こうなれば何でもありだ。

『お前に決まったのは偶然にすぎない。その後でお前の周りを入念に調べさせた。
 このクローンの行動パターンはオリジナルであるお前に酷似している筈だ。
 ただ俺達だって他人の心の中まで正確にわかるわけじゃないからな。あくまで行動パターンのみだがな。
 更に言うと、「行動パターンに合った思考」を植えつけている、しかし記憶までは持たない。
 こいつにあるのは、自分が誰かのクローンである自覚と、拠り所のない曖昧な思考だけだ』
 私はどうやって使えばいいのか訊ねた。これは自分の意志を持っているからどうなろうが自分達の知ったことではないとの返事。
 首の爆弾は本物だが参加者確認の機能はないらしい。当然だった。これはクローンなのだ。本物じゃない。
 それだけ言って国崎は去っていった。起動は五分後だと言い残して。
 考えた。私はどうするべきなのか。
 行動パターンは私のデータを元にしている以上、殺し合いに走ることはないだろう。
 普段の私はお嬢様で通っているんだ。心に闇を抱えていることを知っている人間なぞいやしない。
 ……同じ外見を持ちながら、違う思考を持つ二人。
 これは疑心暗鬼に陥れるのに役に立つくらいだ。考えても仕方がない気がする。
 それよりも、クローンに持たされているライフルが私には魅力だったので、それだけ奪い、場を後にした。
 回想終了。そして私は今、この校舎内で、近づいてくる一組のカップルを狙っている。

「私、クローンなんです。オリジナルに支給された武器がこの私」
 唖然とする。挽歌自身も反射兵器という正体不明な代物を持たされてはいた。
 しかしまさか、ここまでとは。
「ならこの島に、あなたと同じ外見をしたもう一人の日向葵がいる、と」
「外見どころか思考まで同じじゃないでしょうか。何せクローンですから」
 一つの疑問が挽歌の頭を掠める。
「あなたが目覚めてから、一度もオリジナルの日向葵とは接触してないのですか?」
「ええ」
 おかしい。オリジナルが目の前の人物と同じ思考を持っているなら何も告げずに去ったりするだろうか。
 生き残るため、争いを起こさないため、いくら同じ自分とでも今後の対策を練ったりしなかったのだろうか。
 そんなはずはないと思う。つまり、オリジナルとクローンの思考は同一ではないのでは?
「……あなた、日向葵としての記憶は持ってますか?」
「いいえ、一般知識は持っていますけど、記憶と言われる類のものは何一つ」
 その後もいくつか質問を重ねたが、得られた情報はなかった。
 このクローンが嘘を言っている可能性もありうる。ひょっとしたら最初からそんなものは存在していないかもしれない。
 本物だとしても何が正しいのかわからない。
 目の前の人物の思考が何によって定義づけられたのかもわからない。
 何かを判断する材料は今のところ少ない。だが、オリジナル日向葵という存在は気をつけておく必要がある。
 クローンを使い、自分達を混乱に陥れようとしているのでは。自分がマーダー寄りの立場ならそうする。
 そして挽歌がもう一つ考えなくてはいけないこと。
 それは、クローン日向葵との付き合い方だった。



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