ふぁーすと・いんぷれっしょん
きゅっ。
そんな音を立てて水筒の口を締める。
ステンレス製の小型魔法瓶。ただし、中栓にあたる注ぎ口は抜き取っておいた。
「準備完了」
出来れば祐一の持ってた水鉄砲辺りが欲しかったな、と一人ごちつつ。
俺……111はゆっくりと立ち上がった。
目指すものは唯一つ、偽典……反射兵器のみ。
漂っていた塩素ガスが周囲に散るのを感じつつ、俺はゆっくりと右に視線を送る。
「さて……出てきてもらおうか、そこのお前」
がさっ。
左側の繁みから、一人の男が姿を現した。
(……………………本当に居たのかよ、おい)
しかも視線を向けた側とは反対側。内心の動揺を悟られぬ程度に硬直する。
その人物は、早鐘を鳴らしまくる俺の心臓にはお構いなしで口を開いた。
「こんにちは……111さん、でしたか?」
「あ……ああ。そうだが」
ぎぎぎ、と俺にだけ聞こえる内面の軋みを感じながら、俺はゆっくりと首を動かした。
拳銃を腰に提げた男の姿が、ゆっくりと視界に入ってくる。
冷たいものがさらに背中を走った。男性がその気であれば、撃ち殺されていたかもしれない。
「こちらではどうもはじめまして。林檎です」
ぺこり、と軽く頭を下げて丁寧に自己紹介をされ、内心でほっと息をつく。
林檎か……とりあえず、問答無用って訳じゃなさそうだ。
……さてと。
111が立ち上がり、出て来いと言った時は一瞬ぎくりとしたけれど。
こちらとは正反対の方向に目を向けているのを見ると、どうやらあてずっぽうだったらしい。
(まあ……悪くない判断かな)
自分が問答無用ではないことを伝え、奇襲をやりにくくする。
その意思表示を必ずしも妄信するわけにはいかないが……こちらには好都合。
よし、とそこまで考えを巡らせて、僕……林檎は繁みから立ち上がった。
「こんにちは……111さん、でしたか?」
当たり障りの無い挨拶をしながら、相手の視線を観察する。
こちらの拳銃は腰に提げたまま。
それを見れば、こちらにさしあたって敵意がないことは伝わるだろう。
事実、彼の視線はゆっくりと林檎の全身を巡り、確かに腰の位置で一瞬停止した。
「あ……ああ。そうだが」
とりあえず、一時接触は成功といったところかな。
さてここからが本番だ。
どうやって信頼を勝ち取るか……気は、抜けないね。
「こちらではどうもはじめまして。林檎です」
まったく、因果なことやってるなあ。
なんで挨拶をするだけでここまで必死に頭を回転させなきゃならないんだろう。
まあ、いいか。たぶん僕は、こんな状況も楽しんでるんだろうからね。
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