とまあ、仲間になりそうな駒を捜すために移動し始めたわけだが。

さて、ここで不安要素が一つ。
(不確定、不明瞭な、という不安要素ならば幾らでも転がってはいるが)
林檎とL.A.R.は、開始後まもなくニアミスした。
こういったゲームであればそれなりの駒になりそうなL.A.R.。
当面は仲間に引き込もうとしたが、失敗した。
L.A.R.は彼、つまり林檎を信用できない、とそれを拒絶したのだ。
果たしてL.A.R.のその判断は正しかったわけで。
そして二人はそれまでの関係(まあ、チャットとかだな)を精算、決別し、別れた。

その別れの経過も、決して林檎にとって簡単なものではなかった。
といっても、それまでの楽しかった日々を思い出し、感傷に浸っていた、というわけではない。
彼がその日々を、『そんなこともあったかな』といった風に割り切れないような人間であったならば、
L.A.R.も林檎の誘いを頭ごなしには断らなかったはずだ。

あの時林檎は、その場でL.A.R.を始末しようと心の中で瞬時に画策した。
このまま L.A.R.を生かしておくのは危険と、そう考えた。
L.A.R.のスタンスがどうであれ、自らの心の内を瞬時に暴いてしまった男。
他の誰にも知られることのないまま始末できるのなら、そうすることが望ましい。

だが、逃げられた。逃したくはなかったが、逃げられたのだ。惜しまれるがそれは仕方がない。
見失った相手をあれ以上深追いすると、逆に噛みつかれてしまう。
とりあえず、彼のプランは強引に修正を余儀なくさせられた。
思い通りにいかないというのはこんなにも腹立たしいものなのか。林檎は苛立っていた。

ただで見逃すのが悔しかったので、逃げゆく彼に勝ち誇ったように捨てセリフを吐いたのだが、
それがまた後に考えると逆に屈辱的な気がして、さらに林檎を苛立たせることになった。

L.A.R.がどこかでゲームオーバーになっていてくれれば、とも考えたが、
正午放送の時点では L.A.R.の名前はあがらなかった。少々、落胆する。

代わりに放送にはセルゲイの名前があがっていた。
大方、仲間をつくろうと、或いはゲームに乗って、軽率な行動を取ってしまったのだろう。
それとも非常に狡猾な相手に騙されたか出し抜かれたか。
とりあえず、自分を信用してくれそうな仲間の一人は人生の幕を下した。

そうこうする内に、一人の男性の姿を発見した。相手に気付かれないよう遠目から、注意深く観察することにする。

ゲームスタートから他人と出会うのは L.A.R.を含め四人目。
一人目、L.A.R.には逃げられた。二人目「5」はすでに仲間にするには役不足な、狂った行動をとっていた。
三人目、にいむらは…なんというか、見ている内にまあ、ああなってしまった。
かつてにいむらに噛みつくピラニアを見ていたせいだろうか、無意識にそういった行動を取ってしまっていた。
フフ、私にもピラニアという名の心があったのかもしれないなぁ、と心の中で苦笑する。
ストレスを発散した、でもいいか。あることないことさんざ言われ続けたのだ。ストレスだって溜まる。
…それは置いておいて、とりあえず、これからはにいむらの時のような衝動的な行動は避けなければならない。
まあ、まともにやっても負けるとは思わなかったが、何が起こってもおかしくないのがこのゲームだ。

とある民家の物置の横、座り込んでいるのは、111だと分かった。
全員とはいわないまでも、あの教室で集められた時に代表的だった書き手の顔はなんとか覚えた。
林檎にとって111といえばキャラロワでの顔役の一人だった。
なにやら手元でゴソゴソと細かい作業をやっている。
見た感じではそう、水筒か何かに水でも詰めこんでいるような感じだった。
こんなところで無用心だなぁ、と林檎は再び苦笑した。


行動に移す前にもう一度自分のスタンスをまとめておこう。林檎は深呼吸した。


「。」、遥か昔の(略)など、気心知れた仲間と組めるなら、それらと組むのが望ましい――そう思っていた。
だが、彼女らはL.A.R.とも繋がりがあるわけだ。
L.A.R.と出会った時、林檎の言葉を信じてくれるか――となると疑問だ。
まぁ、L.A.R.には――茜の件ではそれが顕著に現れたわけだが――直情的な面がある。
林檎は、よしんば誰かをはさんで彼と口論になったとて上手く立ちまわれる自信はある。
自信が持てないなら、少々危険であってもあの時L.A.R.を追っただろう。
だが、先に述べた通り、「。」や遥か(略)が林檎の裏を読む、ということもあるかもしれない。
考えれば、チャット組相手では信用してもらいやすく、疑いをかけられやすい。
あまり仲の良さ、というアドバンテージは考えないほうがよさそうだった。

つまるところ、自分にとっての駒を作るというのは――
先ず、『駒として役に立つ人材であること』
『自分よりあまりに頭が切れる相手ではないこと』
そこに、先のL.A.R.を逃したためのミスの修正として…
『L.A.R.のこの島でのスタンスを知らず、かつL.A.R.と自分とを比べて林檎≧L.A.R.でなければならない』
という三つ目の制約が加わってしまったわけだ。
他にも細かいことを言えばキリがないが、大まかにこの三つだ。

さて、それで向こうにいる111を再度見やる。
まあ、第一段階は合格といこうか。いきなり殺すこともないだろう。
キャラロワで少年を中心に話を育ててきた人物。駒にならない程頭が弱いとは考え難い。
そして、感想スレを見るに、あまり狡猾といった人物ではないと考える。
あくまで紳士的、かつ義理堅い人物であるようだ。
それらの皮を被った悪魔、という可能性もないわけではないが。

とりあえずは、111を駒として迎えるが為に接触を試みてみようと思った。
駒…というか仲間に引き入れる為の最初の接触は肝心だ。
あまり、敵意を持たせるような行動は避けねばならない。
さらに、もしもの時の為に反撃の手も打っておかなければならない。
さあ、どうしようか。


一方、111は物置の蔭。ハァハァと息を荒げていた。
見ようによっては、淫らな行為にふけっている男に見えないこともない。

民家が近くにあるというのに、わざわざ見つかりやすい屋外で混ぜているのも、大げさに口で荒い息をしているのも、
混ぜる際に発生、充満した耐えがたい匂いが原因であり。
決して怪我をして苦しいだとか、何らかに欲情しているだとか、というわけではなかったが。

自らの証明の為なら、危険な橋だって渡る。
どうやって反射兵器を持つ人間をいぶり出そうか、を考えながら…
111は野望の炎を瞳にたぎらせ、今も洗剤を混ぜている。



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