エレベーターは働き者






「重いんだよ。エレベーターが動いてて良かったんだよ」
百貨店内のすべてのフロアは電気がついていなかった。
店内には緑色の非常灯の明かりだけが薄く点っている。
だが、エレベーターが動いてるということはすべての電気系統が止まってるというわけじゃないんだろう。
重い荷物と共にやっとこさエレベーター前にやってくると、「ポチッとな、だよ」とボタンを押した。
エレベーターを使うことのデメリットについては深くは考えなかった。
重い荷物を運んだ体は、そんなことは考えない位疲れていたから。
七階に止まっていたエレベーターが一定の間隔で――途中の階に止まることなく――降りてくる。
「んしょ」
と、エレベーター内部に荷物を運び込むと、適当な階のボタンを押した。
彼女――名無しさんなんだよが押したボタン、幸いにもそれは二階。
もし、押したボタンが或いは三階以降の上階であったならば――
一瞬後のエレベーター内部はひどく騒がしいことになっていたかもしれない。

何事もなくエレベーターは二階に着いて、入り口が開く。
目の前には一階と同じように、太陽の光の届かない闇。
だが、非常灯の明かりはあるので、目が慣れれば店内を見渡せる。
店内には服、服、服。中には、服を着たマネキン人形なんかが立ってたりして内心ドキリとしたが。
「二階は、婦人服売り場だったんだよ」
少しだけ眼を輝かせた。やはり女の子としては商品を物色したい衝動が湧き上がる。
「でも、店員がいないんだよ…」
こんな状況では店員も何もあったもんじゃないが…。さらに店内を見渡す。
「とりあえず、ひと心地つくんだよ」
衣装類の壁に隠れて一休みしようと考える。
ここまで暗くて静かな場所なら、誰か来ても分かるだろうし。
その間、武器は軽くて使いやすいものだけ携帯しておいて、あとはどこかに隠しておけばいいだろう。

「……靴が転がってるんだよ」
どこに身を潜めようか…と店内をさらに見回した先、
通路に不自然に転がった一足の靴。近づいてそれを拾い上げる。
「とっても臭いんだよ…じゃなくて、まだ暖かいんだよ」
手で靴の温もりを確かめる。脱ぎたてのほかほかの靴だ。
(もしかして…中に敵がいるんだよ?)
まだひと休み、というわけにはいかなかったみたいだ。

正午の放送が流れた。今度の犠牲者は8人。
その放送の内容に少々うんざりしながらも――
「エレベーターを使って二階か…」
『ああ、そうだな』
『みたいだな』
エレベーターの表示が二階に止まるのを見て、祐一&浩平が一人呟く。
「エレベーターで追うと驚かせてしまうかもな」
『そうなるな』
『なるだろうな』
まあ、自分が彼女をおびえさせる存在になっては、元も子もない。
「あそこに非常階段がある。とりあえず、二階までは行ってみようか?」
『そうだな』
『それがいいな』
非常階段へと続く扉を静かに開ける。
(お前らは、もうちょっとこう…気の聞いた意見は言えないのか…)
『そうかもな』
『かもしれないな』
彼が再び音を立てないように、一階の扉を閉める。
遥か上の階まで吹き抜ける非常階段の内部に人の気配はなかった。



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