そんな彼女はヘヴィ級






「……重いんだよ」
名無しさんなんだよは、ずりずりと二つの鞄を引きずりながら歩いている。
中身はどちらも支給品だ。水や食料も当然の如くに入っており、結構な重さだ。
これが『使えない』装備であれば、どこかに捨て置くのであろうが、生憎中身は当たり物。
彼女自身に配布された天秤座の黄金聖衣と、先だって彼女が手にかけた人物、暇人の武器。
「手斧だったんだよ……怖くて手放せたもんじゃないんだよ」
そう、手斧。
手軽さと威力のバランスがいい武器であるのは当然だが、書き手としてはもう一つ。
かの『真空』で用いられた武器、というのが、どうしても手放せない理由なのである。
「うう、黄金聖衣は威力ばっちりだし、手斧も使いやすいんだけど……重いんだよ」
もう何度目になろうかという『重いんだよ』の台詞に、はー、とため息をつく彼女。
「こんなことなら、思い切って半分くらい海に投げ捨てて置けばよかったんだよ」
そう思っても後の祭り。現在位置からは既に海岸が見えない。
はぅ、と肩を落とし、天を見上げて「おーまいがっだよ」と紙袋をかぶった顔を罵る。
と、その視界の端にちらりと大きな建物がかすめる。
「あれは……百貨店なんだよ」
つまりデパートなんだよ、と頭の中だけで翻訳しつつ、彼女の思考が高速回転を始める。

デパートでは、祐一と茜が運命的な出会いを果たしてたんだよ。
デパートには、祐一と茜しか入ってないんだよ。
デパートでは、誰も死んでないんだよ。
デパートなら、隠れ場所も多いし、重い武器だっていくらでも隠せるんだよ。

モータープールは、駐車場のことなんだよ……と、関係のない知識で考えを締めくくり、
こうして二人は百貨店に向かうことになった。


……そう、二人。


密かに名無しさんなんだよの後をつける人影が一人。
「……デパートに行くみたいだな」
『わからないな』
『ああ、わからないな』
キーワードがなきゃそれしか言わないんだな、と改めて確認しつつ、祐一&浩平は進む。
その出会いは偶然にして唐突だった。
人形に話しかけながら歩いていると、先方を歩く少女の姿を見かけた。
小柄な彼女は重たげな荷物を『うんしょ、うんしょ☆』と言わんばかりに引きずっていて。
その一方的な邂逅は必然にして運命なんだ、と彼に思わせた瞬間だった。

一目惚れ。

その瞬間。
全力でダッシュし、全力で自己紹介をし、全力で荷物を持ってあげたあとに、
全力で彼女を守って戦って、全力で「強い人って好きよ」と言われて、全力でフラグを立て、
全力で強敵と出くわして、全力で大怪我を負いながら勝利して、全力で倒れながら、
全力で「死んじゃだめ!」と泣きつかれて、全力で介抱されて、全力で愛が燃え上がって、
全力でもうあんなことやこんな事をやったあとに、全力で主催者を打倒して脱出する、と。
そこまで予定を立てたところで、彼は愕然としたのだ。

どんな自己紹介をすればよいのか解らない。
相手が幼馴染だとか、あるいは雨の降る公園で立ちつくしているだとか、それなら悩まない。
だか、ごく普通に挨拶することのなんと難しいことか。
彼は悩んだ。必死で悩んだ。ああ、彼女はどうして目も言葉も不自由じゃないのか。
ああ、どうして彼女はタイヤキをくわえてこの胸に飛び込んでくれないのかと。

そういった理由で、彼は彼女をこっそり追いかけていた。
彼女が危機に陥ったときに、颯爽と現れて彼女を救い出すスーパーヒーローとなるため。

人影が二つ、こうして百貨店へと入っていった。



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