そんなお話
――死後の世界はあると思うか?
――あってもいいんじゃない?
――あったら、どんな感じなんだろうな?
友達と、いつか笑いながらそんな会話したことがある。
その時は単なる世間話だけど、ハカロワに携わってからは結構真剣に考えてた。
「……何も聞こえないな」
エレベーターのランプ表示と、階段の上方を見比べながら、Riverは呟いた。
もう一度エレベーターを呼び戻すことを考えたが、やめておいた。
物音は聞こえなかったけど、相棒のいつかが誰かと出くわした、という可能性はまだ否定できない。
足音をたてないように階段を昇っていこうと考えたその時――
入り口から突然光が差した。
(誰か来たのかな?)
のんびりとした思考だったが、River自身はすばやく息を殺して階段の陰に身を潜めていた。
先程の自分のいた位置は入り口の真正面だったが、たぶんバレてはいないはずだ。
耳をすますが、特に何も聞こえない。
そういえば、入り口にリヤカー置きっぱなしだったような。
(あのリヤカーが自分の武器だもんなぁ)
――なぁ、浩平、僕のバックだけなんでリヤカーの上にあるんだ?
――大サービスだ。豪勢に乗り物付きだ。お徳用パックとでも思ってくれ。
ウソツキ。開始時の折原浩平とのやりとりを思い出して、奥歯で苦虫を噛み殺した。
今の僕は手ぶらも同然だ。パンと、水の入ったバックのみ。
憧れてた。死後にも世界というものがあったのなら。それは永遠の世界にも似た感覚だ。
だけど、そこには確かな時間の経過があって、人々が同じように暮らしている。
そこで一生を終えたらまた、この世界の一つの生命として還るのだ。
そんな考えは、人には言ったことがない。馬鹿にされてもおかしくない素人の理論だ。
しばらく待っていたが、何も聞こえない。
(帰ったのかな?あるいは突風が入り口を開いただけだったとか)
壁から、恐る恐る一階の様子を伺おうとしたその時…
「……っ!」
赤い光が目を射した。
驚いて顔を引っ込めたその拍子に、風を切る音と、何か小石が跳ね続けるような音とが響いた。
(バ、バレてーら!?)
急いで、階段と一階フロアをつなぐ扉を押しつける。
階段前に扉があるのは、デパートによくある構造だ。
その行為中に、赤いレーザー光線のようなものがフロアから一直線にこちらの方向にのびていたのを目の端で確認したが、
幸い自分の体に照射はされなかった。
一階の扉が傾いたのを目の端で確認すると、閉じる時の反動の流れるまま、階段の上方へと体を滑らせる。
EXITと描かれた緑色のランプのみがあたりを照らす。
元々この階段は非常時にのみ使われる階段なのだろう。二階フロアへ続く扉は閉められていた。
飛ぶように二階階段の踊り場へ駆け上がると、閉められた二階フロアへの扉を開け放つ。
ようやく一階の扉が音を立てて完全に閉まる音が聞こえた。
脱ぎやすい靴だったのが幸いした。走る時にどうしても音が出てしまう靴を脱ぎ捨て、二階フロア内へ投げ捨てる。
そして、一瞬の後、再び一階の扉が静かにきしみながら開け放たれる音。
それを耳にしながら、二階の扉も一階の時と同じように押しつけると、再び階段を駆けあがった。
三階の踊り場に辿り着くと、今度は扉を静かに開け、スルリと三階フロアに身を滑り込ませる。
ガシャーン。ようやく一度開け放った二階の階段扉が閉まる音が聞こえた。
その音に合わせて、三階の扉をそっと閉める。
――気付かれなかっただろうか…今からやろうとしていることは、ここで気付かれたらジ・エンドだ。
僕はハカロワで、死後の世界――三途の川のほとりでの話を書いた。
地獄のようなあの日々の中に放り込まれ、散っていった人達が辿り着いた場所。
そこには、やっぱり空と風と自然と、暖かい世界があって。
読み手さんに、軒並み好評だったのがただ嬉しかった。
葉鍵キャラ達は、その世界はどう受け止めてくれたのだろう?
そのまま三階エレベーターの前までやってくると、エレベーター呼び出しボタンを押して、待った。
もちろん階段から駆けあがってくる敵がいるかもしれないので、すぐには見つからない位置で待機してはいたが。
それでも、そこで待ち続けるのは恐怖との闘いだった。
まだ、エレベーターは七階から六階へと降りたばかりだ。こんなに一瞬なのに、長い。
それでも、Riverの思考ははっきりとこれまでのことを考えることができた。
(さっきの光…そして、風を切る音。…レーザーポインタ付きのサイレンサー銃だろうか)
そして、小石が跳ねるような音は跳弾だったのかもしれない。
まだ、エレベーターは来ない。
少なくとも、今ここに連れ込まれている自分は彼らに許されてるわけじゃないだろう。
別に、許してもらおう、なんてこと考えて書いたわけじゃない死後の世界一連の話だけど、今ふと思った。
あのキャラ達にとっては、そんな話も許せないのかもしれないな…。
悔しかったんだろうか。自分だったら、悔しいかもしれない。
今ある命を、他の誰かによって断たれるのだ。この世界でやりたいことたくさんあるのに。
先程上がってきた非常階段の下方から、扉の開く音――おそらくは二階扉だろう――が聞こえた。
ほぼ間違いなく下で出くわした敵だろう。息を呑んだ。
もう、エレベーター表示が動いていることにもう気付いたかもしれない。
いや、と心の中でRiverは首を振った。
そんなはずはない。自分が顔を出すまでその場で待ちつづけた敵なんだ。
開け放ったその瞬間からエレベーター表示が見えるところに移動するような浅はかな行動は取るはずがない。
まだ、時間的余裕があるはずだ。
下にいたヤツって誰だ?……いや、考えても仕方がない。
とにかく、相手はこちらが誰かということすら確認せず、躊躇なく撃った容赦のない敵。
それだけ分かれば充分だ。とりあえず、今は。
ようやく、エレベーターが着いた。エレベーター入り口横で、バックを両手に持って、構える。
ボタンを押してから一定の間隔で降りてきてたエレベーター。途中で乗ったヤツがいるとは考えにくい。
もし、誰かが乗っているとしたら、最初から乗っていた誰か、だ。
少なくとも、下にいたヤツじゃない。
(いつかさん、いたらごめんなー)
開くと同時に、横殴りに中へとバックを振る。バックの中には水でいっぱいのボトルが入っている。
当たれば、昏倒は免れない。
結局中には誰もいないことをバックを振りながら確認すると、急いで一番上の階、七階のボタンを押す。
(いつかさん、ごめんなー。話合わせてないけど、挟み撃ちだ)
続けて閉ボタンを押すと、そのまま再び三階フロアへと出た。
この状況でエレベーターで逃げるのは得策じゃない。だが、逃げたと思わせることは出来るかもしれない。
少なくとも、上にはいつかがいるのだ。一階にいた自分はいつか、だと敵に思わせることができれば…
ここでそいつと決着つけてやる。どうせ、生きていたらいずれはやらなければならない相手なのだ。
正直、あんな躊躇のない相手と正面きって戦ったら勝ち残れる自信はない。今ここで不意をつく。
エレベーターから少し離れた位置で隠れる。
もし、エレベーターの動作を二階から見ていたら、三階に止まったことばバレバレなのだ。
ヤツのその後の行動がどうであれ、とりあえずは三階に来る可能性がかなり高い。
僕にもある。胸を張って言えるようなやりたいことじゃないけれど。
それはとても些細なこと。
ただ、また日常で、友達と馬鹿やって、飲んで、『またな』と手を振って明日に還る。
そこにドラマみたいな展開はないかもしれないけれど、今、切望した世界。
なんでもないようなことだけど。それは確かにやりたいこと、やりたかったことだったと思う。
それは、死後の世界があっても、生まれ変わっても二度とできないことなのかもしれない。
退屈だったけど、それでも、この世界でそんな日々をもう一度過ごしたかった。
ややあって、二階の扉が閉まる音、そして、三階の扉が開く音がした。
(キタ━(゚∀゚)━( ゚∀)━( ゚)━( )━( )━(゚ )━(∀゚ )━(゚∀゚)━!!!!!)
高鳴る心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと不安になりながらも、息を止めて待った。
カツカツ…と靴音がいくらか響いて…エレベーター前あたりで靴音が止まる。
――こちらまで近づいてくる様子はない。来たらそこで決着だ。この水の入ったバックで昏倒させてやる――
そして靴音は離れていった。再び、階段の扉が開いて――閉まる。
(行ったか…)
ホッと胸を撫で下ろす。念のため、しばらく待ったが、物音はない。
(さて、あんまし待つといつかさんの命は風前の灯火になるし。気を引き締めて行くかな)
いつでも振れるようにバックを持ちなおしながら、やおら立ちあがって三階フロアを見渡した。
その刹那、赤い閃光が腹を貫き、直後、お腹が痛い。すごく痛い。ものすごく痛い。
いくつかの衝撃が立て続けに腹を裂き、Riverの体は壁際へと沈みこんだ。
さらに、左胸にレーザーが照射される。
(あんた――誰だ?)
血に塗れた顔も拭わずに、前を向いたRiverが見たその姿は――
Riverと同じように靴を脱ぎ、銃を構えた感想スレRの142(男子28番)の姿だった。
だが、Riverにとってはネット上では知っていても、現実には顔も知らない他人。
誰か、までは分かるはずも無かった。
結局、全部バレていたわけだ。相手の方が一枚上手だったわけだ。
バレてしまったのなら、今までやってた自分の行動はアホなピエロでしかない。
Riverは鼻でそれを嘲笑おうと顔を歪めたが、ここ一番の衝撃がRiverの全身を突き抜けた為、叶わなかった。
ああ、悔しいなぁ…
意識が途切れる瞬間に浮かんだ、一瞬だったけど、とても長い。
そんなお話。
【16番 River 死亡】
【残り 26人】
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