together
二人出会って数時間、まだ誰にも出会っていない。
その間、俺達はいろいろな話をした。
主に話すのは自分や相手について。平坦で退屈な人生を送ってきたと思っているが、こうして話してみると意外にも語ることがあって驚いた。
それも、いつ死んでしまうかわからないこのゲームのせいだろうか。
少しでも誰かに自分のことを知ってほしくて、覚えていてほしくて、
自分という人間がここにいる過程を鮮明に思い出させるのか。
生きてきた証。それを残しておきたいから。
「ところでずっと訊いてなかったけどさ、君の支給武器って何だった?」
隣を歩くquitに言った。あの丘以降、ゲームに関する話をしたのは始めてだ。
何てことない会話が楽しくて、ずっと躊躇っていた。
「ああ……あたしの武器ですか」
戸惑ったように言葉を返す。
「まいったな。出来ればずっと流して貰えたら嬉しかったりしたんですけど」
「悪い。でも、ほら、そんなことばっかり言ってられない気がするからさ」
そうですよねと、苦笑い。
「気になってたんだけど、その大きな箱」
そう。彼女は自分の鞄の他にも妙に大きい箱を持っている。
気にはなっていたんだ。
「それが、武器なの?」
「……そう。あたしの手には余る武器ですよ」
直方体の箱。長い方から120cm、40cm、20cmといったところか。
120×20の面に取っ手がついていて、彼女はそこを持っている。
途中に何度か代わりに持とうかと声をかけたんだけど、見た目ほど重くないと断られていた。
「こいつを……」
言いながら、後ろに取っ手をガシャッとスライドさせた。
同時に反対側から何か出てくる。二本の四角いものが突き出して……引き金?
箱を脇に挟み、両手でそれぞれグリップを握る。後ろのグリップについている引き金に指を二本かける。
「あたしの後ろに立たないで下さいね」
頷く。それを見届けて、彼女は引き金を引いた。
目の前にあったのは民家のブロック塀。
そこに、深々と杭が突き立っていた。
反動で彼女は後ろに下がっている。
あれだけのものが発射されたならもう少し反動は大きいんじゃないか?
「なんだよ、これ……」
「これがあたしの武器……絶対に、何があろうと防げない。よけるしかない。当たったら……」
ただじゃすまない。というか、胴体に直撃したら確実に死ぬだろう。直径15cmはある。
取っ手を元に戻すと、グリップも引っ込んだ。気づかなかったけど、たぶん銃口も。
「どういう仕組みなのか知りません。今一発。配られた後にも一発試しうちしたから、あと十八残ってます。
「は……どこにそんなに収納されてるんだよ……」
「知りませんてば。杭が折りたたみ式とか?」
それきり会話が止んだ。凶悪すぎる武器の前に、俺達は何も言えなかったのだ。
「本当の強さってさ、なんだと思います?」
唐突に彼女が喋り始めた。
「あたしは強く生きていたい。自分をしっかり持って、真っ直ぐ、正直に」
独白を黙って聞く。その声はしっかりしていて、見た目よりずっと大人っぽかった。
たったっと走り、俺と十分距離をおいてくるりと振り返る。スカートが舞い、綺麗な円を描いた。
同時に彼女の顔のあたり、雫が一筋流れた……ような気がする。
あれは……気のせいだろう。この距離で、そんなもの見えるわけがない。
彼女が笑っているから……あんなにも辛そうに微笑んでいるから、そう見えただけだろう。
とりあえず、そう決め付けることにした。
独白は続く。
「あたしは死ぬのが怖いです。死にたくないです。
でもそれ以上に――誰も殺したくないんですよ」
その気持ちはわかる。誰かを殺さずにすむなら、それに越したことはない。
ただ彼女と違うのは、どうしても殺されるくらいなら、殺してやるということ。
殺される――彼女が殺される。それだけは許せなかった。自分が殺されることよりもずっと。
たった何時間か一緒にいただけなのに。こんなにも彼女のことを想っている。
「あたしの為に誰かが死ぬくらいなら――あたしが死んだ方がましですよ」
声が滲む。
「それなのに、どうして」
俺は歩き出す。彼女の元へ――
「どうして、あたしが、こんな物を持ってなきゃいけないんですか……」
距離が縮まる。今度は見間違いじゃない。
君の瞳に涙が浮かんでいる。
「捨てることもできないんです。誰かに拾われたら殺人に使われるかもしれない。だけど壊す方法も知らない」
その涙を拭いたかった。
「大丈夫、ですよね?
こんなの持ってても、あたしはあたしでいられますよね?」
足を止める。手を伸ばす――
「強くあれますよね?」
届いた。彼女の頬に。涙を拭うことができた。
そのまま、強く、抱きしめた。
甘い香り。小さな肩。それでも――
「大丈夫。大丈夫だから。
心配しなくても君は強くいられてる。だから今、こんなに怯えて、悲しんで、辛い思いをしてるんだ」
死への恐怖。生への願い。大抵の人なら誰でも持っている。
手に渡った武器。あっけなく人を殺せる、自分の命を守るもの。
それを手放さず、だけど決して、自分の信念を曲げないという、君が名付けた「強さ」を失わず。
大変なことだろう。自分に馬鹿正直であればあるほど。
時に、こうやって苦しみに我慢ができなくなっても、君は自分で乗り越えていくだろう。
だけど俺は――こんな俺だけど、君を支えてあげたい。
余計なお世話かもしれないけど、全てを一人で乗り越える必要なんかないはずだ。
俺には妹がいた。彼女も、自分一人で全てを抱え込んでしまう子だった。
あいつの辛そうにしてる顔を俺は一度も見たことがない。誰もないんじゃないかと思う。
あいつは一人で全てを乗り越えて、乗り越えて……本当に全てが終わった後、あいつに残った物は何もなかった。
同じことをしちゃいけない。お節介だろうと、俺は自分のしようとしてることを間違いだなんて思わない。
「守ってやる。君が君でいられるように、君も、君の強さも俺が守ってやる」
だってほら――今、君の瞳は、こんなにも安心しているから。
「ありがとう……。あなたがそう言ってくれたから、あたしも、もう大丈夫だと思う。
だけど、もう少しだけこのまま、いいかな……」
声を殺して泣き続けた。
「声あげてもいいんだぞ」
「……そんなことしたら、誰かに見つかっちゃうよ……」
夏の青い空の下、
太陽の匂い、
汗の匂い、
涙の匂い、
君の匂い。
「誰も殺すなとは言わない。
だけど、あたしの為に誰かを殺すのだけは、絶対にやめてください」
返事は決まっていた。
誰かを殺すことで君が傷つくのなら、俺は殺さない。
誰かの命で買えるほど、彼女の心は安くない。
誰かが歌っていた、
『銃爪引くことだけが本当の強さではないから
もう迷わずにこの道を往こう』
どんなに愚かに、どんなに滑稽に思えても、
俺達はもう迷わずに。
強く、あろう。
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