ニッカドの衝撃






「……誰か来るなぁ」
「みたいやねー」
 俺は、ポツリと呟いた。横を歩くマグナムが、どうでもいいとでも言うようにあっさりした口調で返してくる。
「とりあえず戦闘態勢で望もう。とっぽくて武器がしょぼい奴なら即殺す。とっぽくていい武器持ってる奴なら奪って殺す。
 賢くて武器がしょぼい奴なら様子見。賢くていい武器の奴なら仲間に引きずり込もう」
「……じゃあ、君接触してね。私はやばそうだったら遠くから助けたげるから」
 相変わらず、視線すら交わさないままあっさりとそう言うマグナム。
 冗談のような口振りではあったが、ほぼ間違いなく本気だろう。
(試験、か。こいつは、俺が無能だと判断したら消すな……そういう奴だ。恐らく)
「まあ、現実的に考えるとそうなるわな。アンタはそこいら辺の木陰に潜んでてくれ」
「はいはい。健闘を祈りますー☆」
 ひらひらと手を振り、彼女はさっさと木陰に身を隠した。
「さて、と」
 俺は、急造のザックを背負い直し、手近な樹にもたれかかった。
 ザックは、先程マグナムと逢った場所に放置されていた死体の服で作った粗末なものだ。
 一分と数えないうちに、果たして男が通りかかった。どことなく繊細な造作の、優男。手には、ごっつい包丁が握られていた。
(……あれなら鈍器と対して変わらない。武器の価値としちゃあ次点ってとこだな。さて)
「もし、そこな方」
「……ああ」
 観察していた男に声をかけられ、俺はわざと気のない返事を返した。
「ほう、シイ原さんですか……。私はセルゲイと名乗っているつまらない男です」
「ああ、ホワルバスレで名前は何度か。一度会いたいと思っていたよ」
 俺は背負っていたザックを地に下ろし、身ずまいを正した。
「お互い、災難ですねぇ。脳内妄想していたゲームに、よもや自分達が参加することになろうとは。
 いや、あるいは幸運なのかな? ふふ」
 セルゲイは、穏やかな微苦笑を洩らしながらこちらに近づいてくる。
「幸運――? 冗談じゃねえな。とてもそうは思えない……」
「そうでしょうか? だって現に――」
 風が吹くように――それはごく自然な動きのように俺には思えた。

 セルゲイが、淀みない包丁を振り下ろしてくる。俺はザックから棒を蹴り出し、両手でそれを掴み刃を受け止めた。
「あなたは、すでに殺したんでしょう……」
 ぎりぎりと、棒が軋む。元はラジカセの「握り」だった部分なので、強度に関しては信頼できない。
「なぜ、あんたにそんなことが分かる……」
 俺は、足でザックの中身を漁り始めた。正直彼の力は並で無く、いつまでも支えている自信は無かった。
「血の匂いがしますよ、それも乾いた。そこの汚いナップザック……誰かを殺して奪ったものでしょう」
 殺して奪った?
 俺は、失笑を禁じ得なかった。そんな誤解で、俺は今殺されかけているのか。
 もっとも――すでに一人殺しているのは事実だが。
 セルゲイは、その失笑がさらに気に食わなかったらしい。さらに体重をかけ、俺を両断しようとしてくる。
「冗談じゃ、ねえってな……。俺を殺そうとするなら、相手がゴルゴだろうが食い詰めたキリスト様だろうが一緒だ。
 こっちだって反撃させてもらう。お前は、自分の命を無駄にチップ(掛け金)にしちまった」
 俺は、ザックから目的のを見つけ、それをカカトに乗せるとセルゲイに蹴りつけた。
「む――」
 奴は一声呻くと、さっと身を翻し俺の右足ごとそれを斬りつけた。骨までは両断されなかったが、かなり深く斬られた。
 しかし俺は構わず、斬られた右足を奴の顔面に叩きつけた。
「ぐはっ!」
「……ってえなあ……くそ、マジで痛い。冗談じゃねえよ、ホントに」
 俺はそのままバランスを崩し、大きく転倒した。

「……あああっ!? 何だ、これはっ!」
 セルゲイが、両目を押さえて喚く。顔面に銀色の固形物がへばりつき、完全に視界を閉ざされたようだ。
「水銀、だよ。お前が斬ったのは電池だ。ラジカセなんざとんだ役立たずと思ったが、案外役に立つもんだ。
 こうしてバラして見れば、色々使い道があるんだからな」
 俺は這いずって近寄り、地面を叩きながらのたうち回るセルゲイの右腕に思い切り肘を落とした。
 そうした上で包丁を奪い取り、遠くに放った。
「まだ包丁は使わねえよ。血脂が付くと色々面倒だしな。今週のびっくりどっきりアイテムはこれだ」
 言いながら、俺はカセットテープを取り出した。そこから、磁気テープを取り出す。
「首吊って死ぬと、色々洩らしながら死ぬんだってな。まあ、匂いは我慢してやるよ」

「お疲れー。君、強いじゃんよ」
「冗談じゃねえ。この足じゃ、しばらくびっこ歩きだ」
 気楽に肩を叩きながら言ってくるマグナムに、俺は毒づいた。
 凄惨な表情のまま硬直しているセルゲイを見下ろし、ぞっとする思いで胸中独りごちる。
(こんな調子じゃ、最後まで保つかどうか……ったく、ホントに冗談じゃねえ……)

【シイ原 中華包丁ゲット&右足負傷】
【セルゲイ 死亡】
【残り 27人】




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