魂の解放






スタート地点からほんのわずかばかり離れた小屋の陰で、感想スレのR142(男子28番)は鎮座していた。
スタート地点からはすぐに離れないと危険、というロワの定石を逆手にとってその場に留まったわけである。
案の定ともいえるし、幸いともとれるが、とりあえず誰も彼もがスタート地点から遠く離れ、それ以来人の気配はない。
スタートから6時間強、いつ襲いかかるともしれない恐怖と孤独感に耐え抜き、そこに居続けた。

最初の定時放送から半刻ほど経った。
そこには4人の名前が読み上げられた。
まぁ、誰もがゲームに乗る、ということはないだろうが、
誰もゲームに乗らない――という可能性はない、と考えていたので別段驚く程でもなかった。

R142は考える。自分が生きているということを。
胸に手を当てる。心臓の鼓動が近く聞こえた。
――こんなものは紛い物だ。手を離す。鼓動は聞こえなくなる。

もちろん死ぬことは怖い。死にたくない。
痛いのだって嫌いだし、苦しみもだえて死ぬことだって怖い。
ここでは、今この瞬間にも死んでしまうかもしれないのだ。
死ぬことそのものが怖いわけじゃない。
生きているということが実感できなくなるのが一番怖い。

R142は考える。生きるとは『自分』を貫くことだと。
その『自分』は、人によって違う。
たとえば、この島のルールの下に置かれた人間が取る『自分』。
それは人によって十人十色だ。

ある者はマーダーになることを決意した『自分』。
ある者はルールに反逆することを決意した『自分』。
ある者は臨機応変に、冷静に物事を見極める『自分』。
ある者は裏切りという行為の中に『自分』を置き、
ある者は、或いはその大切な何かの為に『自分』を貫く。
『自分』を見失い、破滅の道を歩む者もいるだろう。その先に待つのは、死だ。
たとえ心臓が動いていたとしても死んだと同じだ。

かつて、ロワを演じさせられたキャラクター達もその『自分』を貫き生きた。
そこには善悪など存在しない。非難することはいいだろう。それもまた『自分』だから。
だが、何者にも自分の中に生きる『自分』を否定することなんてできやしないのだ。
R142は、そう考えてるわけだ。
もちろん、これは彼の考えることであって、他の誰かが同じ考えを持つなどとは期待していない。することもない。

人間は誰でもいつかは死ぬ。
だが、長寿がより良い生きた証になるというわけじゃない、とR142は考える。
どんなに長く生きたところで、何にもない、空虚な人生だってある。
たとえ短くたって、充実した人生だってことがある。
彼にとって、生きたいという思いはすなわち後者。

生き抜くというのは『自分』を貫き通すことだ。
生きた証とは、『自分』を感じることだ。

その思いに反し、今までの自分は、空っぽだ。これまで明確な『自分』を持てずに生きてきた。
だが、ここではより明確な『自分』というものを持つことができる。
R142は、ようやく自分が生きていると実感することができた。


ずっしりと重いバックを肩に下げると、スクッと立ち上がった。
彼は生きることを選択した。
彼の中の『自分』はもう、決まっていた。



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