伝言






 リーチは僕の方に分があった。何せ奴の武器はナイフなのだ、接近させなければ怖いものじゃない。
 ただこちらには弾数がある。予備もあることにはあるが戦闘中に交換を許すほど相手は甘くない。
 その辺りのことは彗夜も悟っているのだろうか、さっきからこちらを牽制しつつどこかに誘い込もうとしているように見える。
 きっとその先には僕が不利になるような場所があるのだろう。
 僕は『。』嬢の名前を出された以上簡単に逃げるわけにはいかないんだけど、それも読みきってのことだろうか。

 その先は雑木林だった。
 数限りない障害物。なるほど僕の銃は確かにその効力を殺される。
 弾数のストックは10。気をつけないといけない。
「ちっ」
 思わず舌打ちする。いつの間にか奴の接近を許してしまった。
 目の前でナイフを振りかぶる。馬鹿が! 僕は銃を構えて――
 そのまま横に逃げた。
 何か理由があったわけじゃない。強いて言うなら予感だ。この男がそう簡単に隙を見せるわけはないと。
 結果的に予感は正しかった。一瞬前まで僕のいた場所を炎が焼き尽くしていた。
「あれ。惜しかったな」
 距離を開けて彗夜が言った。奴の胸に何かとりつけてある。服に穴が開いていた。
「火炎放射器でも取り付けてるんですか?」
「そうそう。気づかれたら不意打ちにならないからね。らっちーさんを殺す時に使っちゃったから予備の服を近所の家から調達してさ」
 なるほど。さっきの放送で呼ばれた名前だ……こいつが殺していたのか。
「逃げた方がいいんじゃないかな。今は明らかに僕の方が有利だよ。一人殺している差は大きい」
 へらへらと笑っていやがる。確かに言う通りだが、このままやられるのも悔しい気がした。
 そう、悔しい。自分が押されているのに対して? らっちーさんが殺されたことに対して?
 ――まさか、ね。
「それも無尽蔵に撃てるわけじゃないでしょう。いつかL.A.R.さんがあなたと殺り合う時に少しでも有利になるよう、燃料尽きるまでつきまといますよ」
「そう。言っとくけどこれ、君が思ってるほど燃料少なくないんだな。
 それにああは言ったけど、逃がすつもりは――」
 また炎。間一髪左に避ける。
「ないからさ」

 それからはもうダメだった。
 僕の銃弾は奴の右足をかすめ左腕を浅く捉えたが、右足の方はたいしたダメージになっていない。
 弾数は4つ。精神的に追い詰められ、時間の問題という言葉が脳裏をよぎる。
 その上見境なく炎を撃ったせいで木々に火が燃え移り、ちょっとした山火事だ。
 それでも奴は場所を動こうとはしなかった。どうあってもこの場所で僕を仕留めるつもりだ。
 喧嘩を売ったのは僕なのに、なんて情けない。
 後ろに飛んで距離を稼ごうした僕の、まさ更に後ろ。
 ゴォゥッと音を立てて、炎の塊が降ってきた。
 ――逃げ場を、塞がれた。
 囲む炎の熱気と、絶体絶命のこの状況。僕は全身汗だるまだった。
 炎の中を悠然と歩いてくる人影。炎が放たれた。
 避けて、気づいたら奴が目の前に迫っていて、僕は銃を――
 それが、この目で見た最後の映像だった。

 全身が痛い。ナイフで刺された痛さ。比喩ではない。
 量目が痛い。僕の目はもう何も映すことはない。
「いい加減謝ったらどうよ。あなたの『。』嬢に近づこうとしてすいませんでした、ってさ。
 ここもそろそろ危険なんだから、早く君を楽にして立ち去りたいんだよ、僕は」
「だったら去ればいいじゃないですか。ほっといても僕は死ぬ」
「わかってないなあ君も」
 声に苛立ちが含まれる。はは、今こいつはどんな面をしてるんだろう。見られないのが残念だった。
「君に謝らせないと意味がないじゃないか」
 こいつは馬鹿だ。キチガイだよくわかった。こんなところで死にたくはなかったけど、仕方がないだろう。幽霊になって、こいつに取り付いてやる。
 返事とばかりに、唾を吐き出した。奴の声が聞こえてきた方へ。
「……わかった、もういい。死ねよ」
 宣告が来た。L.A.R.さんに伝えたいことがあったが、残念だ。
「だからさっさとやれって言ったんですよ。キチガイ野郎」
「こいつは!!」
 終わりまであと数瞬。
「おい、何やってる!」
 第三者の声が炎の中に響いた。以外に近い。
「誰だ!」
 彗夜の注意がそれた。僕はありったけの力を振り絞り――あった、銃。
「死ねよっ!」
 発砲した。
 ザッという音。彗夜の声。
「危ないことするねえ君も。驚いたよ。誰か来てることだし、もう逃げないと。
 自分の手で止めさせなかったのは残念だなあ。じゃあね」
 こうして、僕の死は、ほんの少しだけ先延ばしにされた。

「おい、しっかりしろ!」
 誰かが僕の体を起こす。
「……誰、ですか?」
「命と言うんだけど、知ってるかな」
「僕は、マナーです。お願いがあります、L.A.R.さんに伝言を――」
「……またか。どうも俺は、あの人と縁があるみたいだ。いいよ何でも聞いてやる。できることなら」
 安心した。今はこの人を信じるしかない。
「彗夜は、あの男はL.A.R.さんに狙われてるってことに全く興味がないみたいです。
 あいつが興味あるのは『。』嬢のみ。だから逆に『。』嬢をダシに使えば、おびきだせるはずです。
 この島には教会がありますから、決着はそこでつけるといいでしょう。
 奴は胸に火炎放射器を隠し持ってる。十分気をつけて。以上です」
「……わかった。彼に会ったら伝えるよ」
「ありがとう、ございます。ここに僕の鞄と、銃が。できればL.A.R.さんに渡して欲しいかな。あなたの役にもたてばいい」
「……わかった」
 これで、いい。僕のやることは終わった。
「命さん、佳乃の最後を書いた人ですよね。あれも好きだった。でも同じ炎の中だけど、僕はかっこよくなれませんでした」
「……そういう問題じゃないだろ。生きたとか、死んだとかって、かっこいいとか悪いとかじゃないだろ」
 ふっと力が抜ける。
「そうです、ね」
 最後に、自分の行動を思い返す。
 そして笑いがこぼれる。
 僕は何をしているんだろう。
 本当は、L.A.R.さんのこと、嫌いなはずだったのに。

【14 マナー(゜Д゜) 死亡】
【残り28人】




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