出会いの丘と、無限の空と






「さて、と……どうしようかな」
 名無しcdは支給された拡声器を手に言った。
 ここは丘。島――登ってみて始めてわかった――で一番高い場所。
「これ使って呼びかけてみるか。戦うのはやめてーー!!」
 そんな自分の姿を想像する。
「って、そんなことしたら桐山に殺されるっつーねん!」
 一人ツッコミを入れる。
 声は夜の空気に溶け、辺りには静寂が再びやってくる。
「はぁ。虚しいね自分」
 ごろりと寝転がる。遮るものは何もないこの場所。無防備なことこの上ない。
 だが、それも悪くなかった。見上げればどこまでも続く無限の空。目の前に広がる遙か遠い星の光。
 空に、一番近い場所。そこに自分はいる。何にも変えがたい優越感。
(こんな時にこんなこと考えてる時点で、もう生きること諦めてるのかな)
 ははっ、と苦笑する。
(まあ、いいや。俺は寝る。もし目が覚めることがあったら、その時にまた考えようか)
 瞼を閉じる。黒の世界が自分を覆う。それは心地よい空間、時間。
 誰でもいい。もし自分を殺すなら、このまま苦しまないようにしてくれよ。


 ゴスッ!


 何か硬いもので殴られた。そんな気がした。
(おいおい勘弁してくれよ。目覚めちまったじゃないか。俺は苦しまないようにって頼んだのに。
 ああ、痛。こんな思いしながら死ぬのってやだよなー。代々祟るぞ畜生。ああでも、相手が誰だかもわかんないじゃんかこれじゃあ。鬱だ死のう。あ、死ぬのかそういえば。思えば短い人生――)
 思考が無限の旅をする。それを現実に引き戻したのは、
「わわわわわっ、ごめん、ごめんなさいっ!」
 一人の女の声。

 ゆっくりと目を開けた。
 誰かの顔が広がる。どこかで見た顔。違う、誰かに似た顔。あいつがこんな所にいるはずがない。
 意識がだんだんと覚醒してくる。どうやら膝枕をされているらしいとわかった。
「なんだ、俺、生きてるじゃん」
 よっ、と声をあげ。ゆっくりと体を起こす。
「ごめんなさい、ほんとにごめんなさい。起こしちゃってごめんなさい。起きなかったら困ったけど、でもごめんなさい!」
「いや、というか、君は何をそんなに謝ってるの?」
 まだ多少ぼけっとした頭で尋ねた。そういえば頭が痛い。殴ったのは彼女なんだろうか?
「えっと、膝枕してたら、あたしまでうとうとしてきちゃって。ふっと気が抜けた瞬間――」
「俺にヘッドパットかましたって訳か。納得いった。綺麗にきまってたぞ」
「そんなこと言わないで下さいよう」
 涙目で訴える。
「じゃ次。なんで膝枕なんかしてたの? 今どんな状況かわかってる?」
「あんな目立つ所で寝てる人に言われれたくありません」
 ジトッと睨み、指を立てた。
「その言葉、そのままそっくりお返しします」
「あはは、確かに俺に言われちゃおしまいだ。という訳で君はおしまい決定」
「どんな訳ですか」
 困った顔。表情がころころ変化する。面白い娘だなとcdは思った。
「とにかく、危ないからここまで引っ張ってきたんですよ」
 cdは辺りを見る。確かにここは頂上じゃなく少し下ったところのようだった。
「あー、今気づいたよ俺。大変だったろ、お疲れ」
「それはいいですけど。どうしてあんな所で寝てたんですか?」
「星の夜空が綺麗だったから」

 即答する。女はどう返事をすればよいかもわからず、自分の肩で揃えた短い髪をかき回した。
「それだけ?」
「それだけ。本当はあのまま誰かに殺されてもよかったんだよ。寝てる間だったら苦しまずにすむかもしれないから」
「そんなことわからないじゃないですか。じわじわいたぶられるかもしれないし」
「だから、誰かに殴られたと思った時に、なんで楽に殺してくれないかなって恨んでみたり」
「何言ってるんですか。そんな簡単に死ぬとか言わないで下さいよ」
「簡単じゃないよ。これでもいろいろ考えたんだ」
 嘘である。
「まあいいです。こうやって会ったのも何かの縁ですから、行きましょ」
「どこに? 何か生き残るあてでもある?」
「わかりませんけど、なるようになるしかないですから」
 あはは、と笑う。
 その笑顔が眩しくて、空に光る星よりも眩しくて、
「結局似た者同士じゃないか。まあいいや。俺は名無しcd。君は?」
「あたしは、quitです。よろしくっ」
 手を差し出される。その手は右手。信頼の証。
「ああ、よろしく」
 cdは思う。いまはもういない妹に似たこの子を守って生きるのもいいかもしれない。
 少なくとも、あの丘で独り孤独に死ぬよりは、有意義だろう。
 丘を降りていく。二人、一緒に。
 この先に何があるか、誰も、何も、わからないけれど。


「二人いるんだしさ、拡声器使うか? 戦うのはやめてーー」
「……本気で言ってんですか。桐山に殺されちゃいますよ?」
 自分ではない、誰かのツッコミ。
 うん、悪くない。



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