見上げたらモーニング・ムーン






「この声は最高……午前六時、そんな時間か」
 L.A.R.は早朝の静寂を突如破った放送の音声にしばし足を止めた。
「チッ……殺りあってんだな、もう」
 既に四人の死者が出ていた。全体の人数を考えると、これは決して少ない数字というわけではない。
(勝手に死ぬなよ、彗夜……俺にそのツラ見せる前にくたばったら許さないからな……)
 L.A.R.自身は気付いていなかったが、葵との会話を通して彼の中から純粋なだけの殺意は消えていた。
 彗夜に逢って、どうにかする――『殺す』ことは今はその選択肢のひとつ、大きなひとつではあったが、
 唯一無二の選択肢ではなくなっていた。だからと言って、彼に対する感情が少しでも変わったというわけではなかったけれども。
 しかし、その時L.A.R.の視界に入ったものが彼の思考を一瞬、止めた。
(あれは……!)
 朝もやに浮かぶ小柄なシルエット。
 黒い学生服に身を包む少年は、教室に集められた書き手のうち明らかにまだ未成年だと思われた人間のうちのひとり――
 L.A.R.が彗夜かと当たりをつけていた人間のうちのひとりだった。
(どうする……?)
 少年はまだ彼に気付いていない。出るか、それとも様子を見るか。L.A.R.の身体に緊張が走る。
 だが、彼の足元にあった枝が小さな音を立てて鳴り、少年の肩がビクッと上がった瞬間、L.A.R.は咄嗟に飛び出していた。
「…………!」
「動くな!」
 少年が振り返るより早く、手にした傘の尖った先端を首筋に押し当てる。
「名乗れ。取りあえず、危害を加えるつもりはない」
「……観月です。あ、いや、マナー(゜Д゜)です。あなたは?」
「ハズレか……L.A.R.だ」
「L.A.R.さんですか」
 何故か安心したのだろうか、マナー(゜Д゜)(14番・男)の肩から力が抜けた。

 L.A.R.は警戒を解くことなく言葉を続ける。
「彗夜を見かけなかったか」
「いいえ。でも、見かけたとしてもL.A.R.さんには言わないでしょうね」
「……アンタもマーダー嫌いだったな。そんなに人死にが出るのが嫌か?」
 マナー(゜Д゜)の背中が小さく揺れる。L.A.R.はすぐに彼が笑っているのだと気付いた。
「そうですね、嫌ですよ。L.A.R.さんに死なれるのが、ですけど」
「何だと!?」
「いい文章書く人が死ぬのは残念なことです。好きでしたよ、聖の最期」
 傘の先から離れるように一歩踏み出すと、マナー(゜Д゜)はL.A.R.に向き直る。
「相手の顔も知らないで人探し、しかもその人を殺そうとしてるだなんてお茶目もいいとこですね。
 しかもそれ、武器傘じゃないですか。もし同じことやって彗夜さんが銃でも持ってたら好きなだけ殺してもらえますよ」
「ぐ……」
 正論だった。飛び出したのは勢いだったが、それはこの島では致命的なミスになり得る。
「あなたが彗夜さんをどうこうするぶんには何も言うつもりはありませんが、とにかく早まった真似はやめて下さいね」
「……余計なお世話だ。アンタこそ何か目的があってその途中じゃないのか?
 いつ気が変わってお前に襲い掛かるかわからない相手に呑気に説教垂れてる場合じゃないだろう」
 L.A.R.は不機嫌そうに少年を睨みつける。
「そうですね……本当はL.A.R.さんについていきたいところですけど、足手まといになるでしょうからやめときます」
「俺は当面誰かと馴れ合うつもりはない。そうしてくれ」
 マナー(゜Д゜)は残念そうに肩をすくめた。
 その仕草がなんとなく今の言葉を揶揄しているように思い、L.A.R.は不愉快そうに鼻を鳴らした。

「取りあえず、『。』さんでも探そうかと思ってます。あの人が本当に女の子だとは思いもしませんでしたよ。
 それであれだけのもの書くんだから一度会って話してみたいですね、彼女の彰は最高でした」
「『。』嬢がその彰みたくクールにアンタを殺さないって保証があるのか?」
 口数多く楽しげに喋るマナー(゜Д゜)に、L.A.R.は精一杯の厭味を込めて吐き捨てるように言った。
「あはは、良いですよ、彼女になら。12歳幼女にクールに殺される……葉鍵板住人冥利に尽きますね」
 割と本気ですよ、と少年が楽しそうに微笑む。
「キチガイめ」
 言いながら、L.A.R.はなんとなく頬が緩むのを感じた。場違いに過ぎる発言が妙に可笑しかった。
 マナー(゜Д゜)は馬鹿丁寧に頭を下げると、支給品の入った鞄を肩にかけ直して言った。
「それじゃ失礼します。死なないで、とは言いませんがつまらない死に方はしないで下さい」
「…………」
 L.A.R.は憮然として自分からその場を離れるべく歩き始める。
 視線の先に、西の空に沈みかけの丸い月が朝陽の中で霞むように白く光っていた。
「個人的には、L.A.R.さんは彗夜さんに会っても殺せないに一票ですけどね。当方ケーブルです」
 そんな声が後ろから聞こえたが、振り向くことはしない。それこそ余計なお世話だ。
 アイツの名前が放送で呼ばれたら腹抱えて笑ってやる――



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