真円を描く月






※第一回放送前 深夜

 夜の闇の中、見渡す限りの草原をゆく孤影。
 小柄な体格に男物の学制服。短く切りそろえた髪。
 怯えを含むつぶらな瞳に、小作りな口元。
 わずかに丸みを帯びた顔の作りも、当人の優しさのあらわれに思える。
 まず、美少年と呼んでいいだろう。
 ナナツさんだよもん(37番)である。
「なぜ……なんだろう……」
 その口から放たれたのは澄んだソプラノ。
 それに乗せられた困惑と怯え。
 しかし、その声質はボーイソプラノではない。
 さもあろう。
 いかに少年のなりをしていようが、声まで男にはならぬ。
 要はそういうことだった。
 ではなぜ、このような格好をしているのか。
 ……それはおいおい語られるであろう。
「わたし、ただのスタッフ萌えなのに……」
 彼女にとって、キャラロワはあくまでスタロワの延長にあった。
 スタロワで燃え、萌えたからこそ、更新の企画であるキャラロワにも、
好意を抱いていた。
 そして、キャラロワの窮状を見かねて救いの手を差し伸べもした。
 けれども、自分は誰一人殺していないではないか。
 なのになぜ?
 泣きたくなるのを何度もこらえて、ナナツさんだよもんはここまで歩いてきたのだ。
 どうせ殺されるのなら、いっそスタッフにでも、などと下らぬ妄想にも襲われながら。
 しかし、一人歩きにも限界がある。
 日が落ちて随分と経っているのだろう。やや肌寒い。
 見渡す限りの草原で、身を隠すところもないが、その代わりに、誰かが物陰に隠れて近寄ってくることも難しい筈だ。
 ただ、この闇が不安材料ではあったが、それは相手も同じことだった。
 可視範囲は常人同士なら五分だろう。
「吸血鬼がいるわけじゃあるまいし……ね」
 そうつぶやきながら、ナナツさんだよもんはゆっくりとバッグを地面におろし、
次いで膝立ちの状態で中身を調べ始めた。 
 中からでてきたのはお約束のアイテムと……。
 三味線の糸とバチ、銀のかんざし、ハサミに扇子。
 それから組み紐とポッペンであった。
「これはどういうことでつか……?」
 なにもゲームに乗ろうというつもりではない。
 しかし、なぜにこのような不可解な支給品が自分に回ってきたのだろうか。
 それが彼女には不思議でならなかった。
 ふと、バッグの片隅で丸まっていた紙片に目が行く。
 それを広げながらナナツさんだよもんは書かれた文字を読み上げていく。
「この世の悪は……許さない。これで君も仕事人になろう……って、
これはなんなんでつかっ!?」
 紙切れを丸めて遠くに放り投げようとするナナツさんだよもん。
 しかし彼女の意図に反して、紙片はふわりと舞い上がって近くに落ちた。
 ただし、拾って投げ直すには手が届かない距離で。
「もう、知らないでつッ」
 ぺたんと尻餅をつくように座り込む。
 そもそも、某○姫イベントの会場で少年キャラのコスプレに挑戦しつつ
店番をしていたはずの自分が、なぜふと気がつくとあの教室に座らされていたのか。
 なぜ、創作上の人物たちに自分が復讐などされなくてはならないのか。
 不条理である。
「……わかりまつた。これは、夢なんでつよ」
 彼女の出した結論はそれか。
「こんな悪い夢は、ながながと見ていても、つまらないでつ……」
 静かに呟きつつも、感情がたかぶって来ているのがありありと分かる。
 だめだ、耐えられない。
 目をつむりながら上を向く。
「……だから。だからぁっ! こんな夢! 夢なら、夢なら早くさめてよぉっ!!」
 ひびわれた悲鳴のような絶叫が夜空を突き刺す。
 そして叫び終わるが早いか、ナナツさんだよもんはそのまま地面に倒れ込んだ。
 涙が、止まらない。
 残響が、漆黒の闇へと吸い込まれていく。
 悪夢はまだ、さめない。
 夜空には、ナナツさんだよもんの叫びを聞き届けたのか、満月が。
 ──彼女をあざ笑うようにぽっかりと浮かんでいた。



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