戦士は眠らない






 海から近い岩場の影に岩切は潜んでいた。
 肩からの出血は止まったがしばらくこの右腕は使いものにならないだろう。
 しばらく休息が必要だ。
 徐々に夜が明けてきている、このまま、せめて朝まで何事もなければ良いが……
 半ば祈るような気持ちで岩切は少しの間目を閉じた。

 パラ……コツ……パラパラ……
 風にでも煽られたのか頭上から落ちてきた細かな石の破片が頭や肩に降り注いでいた。
 どうやら少しの間眠ってしまったらしい。私とした事が……
 ――次の瞬間
 人の気配、悲しそうな表情をした黒髪の女、こちらに向けられた震える銃口、そして発砲
 咄嗟に前方に飛び込む様にして弾丸を避けながら岩切は素早く別の岩影に身を潜めた。
 まったく、休む暇もないとはこの事か。
 チラリと向こうを覗くと女が怯える様にこちらに銃口を向けたまま立ちつくしている。
 その時ふいに心に蘇る昔の記憶。

「お前達、"強さ"とはどういう事だと思う」
 唐突に蝉丸がそんな事を言いだした。
「俺達は軍人だ。だから命令があれば戦う。戦いは戦いを呼びさらなる敵を作る。だが戦い続ければいつかは必ず負ける時が来る。俺は強さとは"敵を作らない事"だと思う」
「はっ! 戦う前から勝つってか? 馬鹿かテメェ、んな事出来るわけねーだろが」
 銃の手入れをしながら御堂が吐き捨てる様に言い放つ。
「世の中与えるか、奪うか、そのどっちかなんだよ。強い者が弱い者から奪う。強さってのはどれだけ何かを奪えるか、だろ?」
 御堂がニヤリと笑いながら銃口を蝉丸に向ける。
 だが蝉丸は意に介せず腕を組んだまま視線を私の方に移す。
「…………岩切、お前はどう思う」

 フフ……フフフ、何故か自然に笑いがこみあげてくる。
 まったくお前の言う通りさ、御堂。こんな状況で敵を作らないなんて無理な話しだ。
 世の中奪うか、与えるかだ。蝉丸、私はな……
 影に潜みながら岩切は鋼線を握る左手に力を込めた。



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