おやすみ
次の瞬間、不意に芹香が振り向き、銃を持ったマルチと目が合った。
それで全てが終わり。もうマルチに、芹香を撃つことは出来なかった。
芹香がつかつかと歩いてくる。マルチには銃を下ろし、ただその場で震えるだけ。
そして――声を上げ、泣きながら、芹香の胸に飛び込んだ。
「芹香さん! 芹香さぁぁぁん!!」
マルチの涙が芹香の服を濡らしてゆく。芹香は無言でマルチの頭をなで続けた。
そうすれば落ち着くのを知っていたから。
いつまでも、ここで泣いていたかった。
安らかな場所にいたかった。
だけどそれは、叶わない望み。
「マルチちゃんがやらないなら、あたしがやるしかないね」
声が聞こえた。背後から。振り向く間もなくマルチは芹香を押し倒し、銃弾が三発、マルチの体を貫いた。
「裏切り者には死を、だよ。次はあなた。往人くんとお姉ちゃんを助けるまで死ねないから、ごめんね」
マルチに向けた銃を芹香に今度は芹香に向け――また銃声。
佳乃が銃をとり落とす。眉間に小さな穴が一つ開いていた。
機械には人間で言うところの『死』は存在しない。銃弾を打ち込まれたマルチは、それでもまだ稼動状態にあったのだ。
そう、その時は、まだ。
暗い。何も見えない。さっきの銃弾のせいでどこかの機関が故障したみたいだった。
この体はあと少しでスリープ状態に入るとわかった。研究所で修理して貰えればまた目覚めることがあると思う。
だけど、わたしの体は研究所に持っていってもらえるだろうか。例え次に目が覚めたとしても、そこに浩之さんは、芹香さんは、綾香さん、セリオさんはいるだろうか。
怖い。怖い。『死』にたくない。だけど避けられない。なんでこんなことになったんだろう。
誰かの声が聞こえる。芹香さんがわたしを呼んでいる。相変わらず小さい声で、だけど――
――小さいけれど、この人がこんなにしっかりと、誰かを呼んだことがあっただろうか――
心が少しだけ安らいだ。怖いけれど、この人の声が、自分を支えてくれた。
それじゃあ皆さん。今度目がさめるまで、
おやすみなさい。
【霧島佳乃 マルチ 死亡 残り49人】
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