遠隔操作






 自分が殺されるかもしれない恐怖よりも、これから自分が人を殺す恐怖に押しつぶされそうになる。
 それでも生きて帰りたかったから、負けるわけにはいかなかった。

 支給された遠隔殺人装置は、彼女にとって最も都合のいいものだろう。
 自分で直接手を下すわけではない。かかった者の運が悪かっただけ。自分をごまかし、罪悪感をやわらげる。
 二つの端末の間に走る赤外線が「何か」に引っかかると、片方の端末から矢が発射される。
 それを木と木の間に取り付け、離れたところでじっと――唐突に矢の発射される音がした。

『誰!? 誰なのよ!?』
 驚くことに声がした。なんて運のいい人間だろう。
『嫌っ、もう嫌ぁぁっ!! 誰か助けてっ! なんでこんなことされなきゃいけないのよぉぉ!』
 相手は明らかに錯乱している。これなら自分にも――コロセルカモシレナイ。
 十分に大きい石を持って、慎重に距離をつめる。
 森の中を震えながら、澤倉美咲は歩いていた。

 茂みの向こう、低い位置。声が聞こえる。
『……もういや……もういや……だれか、だれか、だれかだれか……』
 繰り返す。壊れたテープレコーダーのように。放心状態になったのだろうか。これなら殺すのは、容易い。
 今しかない――思った瞬間に、茂みの中に躍り出た。

 そこには誰もいなかった。ただがは聞こえるだけ。
 美咲は一気にパニックに陥り、石を取り落とす。
 と、そこに小型の何かを見つけた。声はそこから――
 それが覚えている最後の記憶。後ろから近づいた誰かに、自分がそうしようとしたように、石で頭を殴られていた。
「ばーか」『ばーか』
 両手で石を持った桑嶋高子の声を服につけた小型マイクが広い、倒れた美咲のそばにあるスピーカーがら放たれる。
「あんな罠を取り付けるなら、今度はもっと上手く隠しなさい。もっとも――」
 勢いをつけて石を振り落ろす。それで美咲の後頭部は完全に破壊された。
 血溜まりの中に高子は立ち、冷ややかな目で死体を見下ろし、言った。
「今度なんて、あなたにはないんだけど」
【澤倉美咲 死亡】
【残り51人】




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