影
由綺にはわかっていた。弥生はいつでも由綺を大切にしてくれて、それはこんな状況でも変わらないということを。
大切だから、由綺に害を及ぼす可能性のあるものを排除した。
弥生が選択を誤ったことはない。これが由綺の為にできる最善のことだった。
そして頭でわかっていても、感情がそれを受け入れるかといえばそうでない。
ジレンマが、由綺を苛立たせ、悲しませる。
「もう……私に顔を見せないで下さい……」
抑えきれない感情が別れの言葉を告げさせる。
覚悟は弥生にも出来ていた。例えこうなってしまっても自分の行動を後悔することはない。
それが由綺の為だから。
ただ、確かに、大きな喪失感を覚えてはいたけれど。
弥生はマナから鎌を奪い、ナイフを抜く。
「使いますか?」
由綺は当然受け取るはずもなく、涙を溜めた真っ赤な瞳で睨み返す。
弥生は振り返り歩いてゆく。二つの刃物を持ったまま。
「もう朝ですね」
言われて気づく。弥生の歩いていくその先から朝日が差し込む。
弥生はきっと、気づかれないように自分の後を追ってくる。
そして自分に危険が迫ったら、必ず助けてくれるのだ。
太陽によって生み出された弥生の影に、由綺は包まれていた。
それはとても頼もしく、とても温かく……とても嫌だったけれど。
自分に朝は訪れるのだろうか。ただ一人答えてくれるだろう人の背を、由綺はいつまでも眺めていた。
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