白い闇の中で






(こいつは…使えるな)
岩切花枝が焼け焦げた高倉みどりの鞄から発見した物は、煙玉、要するに煙幕である。
通常は逃走用に使われるものだが、岩切はこれを反撃のための手段として用いることに決めた。
(視界不良の戦闘では経験がモノを言う。片腕が使えなくとも、あのような小娘に遅れを取るものか)
肩は痛むが、何、一人始末するくらいは出来そうだ。
煙玉に火をつける。思ったより煙の周りは早い。ほんの僅かの間に視界はほぼ閉ざされようとしていた。
「頃合だな…」
呟くや否や、岩切は茂みから勢いよく飛び出した。

瑠璃子は視界が急速に閉ざされていくのと同時に、葉や枝が激しく擦れる音を聴き、振り向いた。真っ白だった。
首筋に一瞬、冷ややかな感触。素早くナイフを振り、空を切る。ぴん、という音が鳴る。鋼線の切れる音だ。
(ちッ…仕留め損なった!ならば…)
ナイフを大きく振ったため上体の大きく反れた瑠璃子の、下腹部をめがけ、全力の体当たり。
防御体勢を取ることも出来ず、ぼすっ、と鈍い音を響かせ、数メートル吹っ飛ぶ。
このまま離れる訳にはいかない。拳銃をなりふり構わず連射されると厄介だ。
幸いにも、瑠璃子の取り落としたナイフがすぐ傍に落ちていた。すぐさま拾う。
ナイフを握り、瑠璃子めがけ突進する。ずぶり、と言う音。手ごたえはあった。
勝った、と岩切は確信した。その一瞬、白い煙の中から、黒い銃口が現れる。
至近距離。当たれば間違いなく即死。即座に周り込むように距離を取る。2発、3発と、遠ざかりながら発砲音。

(逃がしたか……)
内心と舌打ちする。煙が晴れるのを見計らって、あの二人の様子を確認する。
(どうやら、上品そうな女の鍋に銃弾が当たり弾道が変わって、
ガキのメットをかすめた、といったところか。ふん…悪運の強い奴らだ……)
「兎も角、これで貴様に一度殺された分はチャラだ。次に会ったときは容赦せんぞ」
眠ったように地面に伏しているガキ…椎名繭(30番)にそう吐き捨て、岩切は闇の中へと消えて行った。



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