忘れ物、ひとつ
「わたしの命は、長くないんです」
飲み込んだ言葉の代わりに、わたしはそんなことを口走っていた。
「最初にお姉ちゃんが殺されました。画面の中で、皆の前で。
お姉ちゃんはわたしの命が長くないことを知ってて、
クリスマスの日に、お姉ちゃん自身から、そのことを聞かされて、
わたしがお姉ちゃんに訊いたから、お姉ちゃんはそれに答えて、
あの日からお姉ちゃんはわたしを避けるようになった。あの日から一度もおねえちゃんの笑顔を見れなかった」
きっと顔を上げる。私よりもずっと背の高いこの人を見上げ、睨む。
「もう後悔は嫌です。あそこに捕まっている祐一さんをわたしは助けます。
どうせ先の短い命ですから、何があってもわたしは諦めません」
あの時あの教室での誓いを、胸に刻みなおす。自分のやるべきことを、決して忘れないように。
彼女は目を伏せ、わたしに武器を返してくれた。
「納得はしてないんですね」
こくんと頷く彼女。わかってくれとは言わない。それでもいい。
と、誰かの叫び声が聞こえた。
「南西100メートルの位置に反応があります。31番、57番、60番。57番の反応は消えました」
「……?」
「行くか去るか私には何も言えない」
叫び声が聞こえたのは一度。向こうに生きているのは二人。この二人が組んでいるなら、分が悪い。
どうするべきだろうか。
少しの間考え、決めた。
「――ありがとうございます、ごめんなさい」
ごめんなさい、果たして誰に言った言葉だったのだろう。
背を向けて走り出す。彼女も動いたようだった。
そういえば――振り返る。走る音だけ残して、彼女の姿はない。
名前を聞くのを、忘れていた。
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