赤い帽子






「おい・・・どけ」
 言いながらも上体を起こそうとする岩切に、赤ヘルの少女は別段抵抗はしなかった。
 獲物(?)を持ちながらも攻撃してこない相手に少々戸惑いながら、岩切は改めて己の身体能力が低下している事を自覚した。
(こんなガキの接近に気付かないとはな・・・)
 だが、一旦周囲に意識を飛ばせば、更に近づいてこようとしている足音を聞き逃すようなことはなかった。

「あーっ、繭ちゃん、こんなところに・・・?」
 佐祐理が繭の姿を見止めると同時に、繭の体が中に浮いた。
「貴様の獲物は?」
 繭の首に腕を絡めたまま持ち上げている、目つきが鋭く背の高い女性が発した第一声はそれだった。
「・・・これ、です」
 相手の警戒心を刺激しないよう、ゆっくりと、背中に掛けていた北京鍋を外し、目の高さに掲げる。
「・・・ハッ」
 相手の嘲笑などを気にしている場合ではない。 既に、遠目にも繭の四肢に力が篭っていないことがわかる。
(見た目通り、一筋縄で行きそうな方ではないですね・・・一体どうすれば?)
 しかし、相手は佐祐理に考える時間を与えなかった。
「よし、その場で一周してから、両手を上げてこちらまで来てもらおうか? ゆっくりな」

 相手が居る木陰までは数メートル。 あれこれ悩んでいる時間もない。
 第一、早く繭を解放しなければ、自分が出て行く理由も無くなってしまう。
 当然、佐祐理の頭には繭を見捨てるなどという選択肢は無かった。
(絶対絶命、だね。 ・・・ごめんね、舞)
 その場で周り、草叢から身を乗り出し、一歩ずつ岩切に近づいて行く。
 と、突然----キィーーン!----鍋を持つ右手に衝撃が走り、鍋を取り落としてしまった。
 しかし、佐祐理の目は鍋を見ていなかった。 また、肩を押さえて走り去る岩切の事も見ていない。
 佐祐理は、すぐ目の前で弾けた赤い頭を目に捕らえたまま、意識が遠くなって行くのを感じていた。

「あれ? 変な音がしたけど、ちゃんと当たったのかな? ・・・あ、倒れた」



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