あなたは誰かに殺される






 温かい。誰かのぬくもりを感じる。
 目の前に広がるのはもう戻らないあの日々。楽しくて幸せだった、絵のような風景。
 ――お姉ちゃん――

「目はさめましたか?」
 そこには見知らぬ人の顔。数瞬呆然とし、今の状況――この島に来てからのこと――を理解し飛び起きる。
 ガスッと鈍い音がして、再び倒れこんだ。
「いたたた……」
 顔を近づけていた女の人に、まともに額をぶつけてしまった。
 彼女の方を見る。痛がってる様子はなく、平然としている。
「あの、痛くなかったですか?」
「へっちゃら」
 えへんと胸を張る彼女。おかしくなってしまい、思わず笑いがこぼれてしまった。
 そして気づく。まだ、笑えてるんだ。わたし。
 そんなことが嬉しかった。もう想い出の中でしか、夢の中でしか笑えないと思っていた。
「えっと、ありがとうございました。助けていただいて、あの、膝枕まで……」
 ちょっと恥ずかしい。膝枕、久しぶりだった。だからあんな夢を見たのだろうか。
 お礼を言って、わたしは自分の鞄を拾う。長居は無用だ。そして、
「あの、もう行きたいんですけど。それ、返してもらえますか?」
 私の武器、殺すための武器。
「誰かを撃つ? さっきの人みたいに?」
 さっきの人? 名雪さんのこと?
「それで私も撃ちますか?」
 問いかけてくる。どうするんだろう、わたしはこの人を撃つのか?
「撃ちません。助けていただいたこともありますし、その……」
――わたしが撃つまでもなく、あなたは誰かに殺される――
 その部分を口にはできなかった。こんな場所で、見ず知らずの他人が目をさますまで膝枕をしてやる。
 そんな暢気でお人よしな人が、優しい人が、生き残れるはずはないと思う。
 そしてそれはきっと、わたしが捨ててしまった温かい心だった。



前話   目次   次話