無題






「あうーっ、なんで追って来るのよぅ!」
 自分には狙われる心当たりは全くない。理不尽な運命を感じながら、沢渡真琴は夜の中を駆けてゆく。
 追っ手は自分に向かって何かを叫んでいるようだった。
 当然ながら立ち止まって話を聞くなどということは出来ない。
 立ち止まった瞬間、そこにあるのは、
「もーっ、何なのよぅ!!」
 こんな時でもお腹はすく。さっきのお菓子、貰ってこればよかった。
 必死に逃げながらも、どこか頭の中ではそんなことを考えていた。

「意外に素早い……」
「そうみたいだね」
 それはあなたもだと舞は思ったが、口には出さないことにした。
 目が見えないはずのこの少女があまり足場もよくないここでどうやって走っているのだろうか。
 少なくとも、夜闇は彼女にとって何も意味を持たないだろうことはわかっているが。
 それでも目の前の障害物を確認することは流石に出来ない。
 その度に、舞がみさきをリードする。
 彼女がいなければ、前を走る子に追いついているはずだった。
「わたしを置いていった方がいいんじゃないかな」
 思考を読んだようにみさきが言う。
「……ばか」
 優しい舞は、そう返事をするのだった。

 走る先にあるのは、一つの建物。
「早かったね……」
 江藤結花はただそう呟き、嬉しそうに笑った。



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