閉鎖的環境






 集落を歩いていた緒方理奈は、その島にはまるで不似合いな建物を発見した。五階建て
のオフィスビルである。周りを見渡してみても、木造建築の一軒家がちらほらあるだけ。
明らかに異質な存在に、背筋が寒くなるのを覚えた。さっさとその場から離れようとする。
 その時だった。ビルの中から、微かに物音が聞こえた。そんな気がした。中に誰かいる
のだろうか。よくもまぁこんなあからさまに目立つ場所に入る気になったものだ。隠れて
いるつもりなんだろうか。隠れるにしても、もっと良い場所があるだろうに。
 ――つまりは、自分は誘われているのだろう。
 望むところだった。いずれは誰かを殺さないといけない。その挑戦、受けてやろうでは
ないか。支給されたスプレー缶を片手に、入口の自動ドアの隙間から、静かに忍び込んだ。

 実のところ、あの物音にそんな意図はなかった。雛山理緒はとてもそんなことが出来る
人間ではない。たまたま目についたこの建物の中で、一人静かに震えていただけだった。
誰にも見つかりたくない。お願いだから放っておいてと。逃げ場のないその場所は追い詰
められたらお終いなのに。そんなことに気付く余裕はなかった。支給武器の懐中電灯―武
器ではないではないか―を、たまたま震える手から落としてしまったところに、たまたま
緒方理奈がやってきた。ただそれだけのことだった。そんなことは、理奈の知ったことで
はなかった。

 気付いたことが一つあった。一階にも二階にも、開くドアは一つもなかった。今、理奈
は三階へと続くたった一つの階段を登っている。電気は通っていないようで、エレベータ
ーは動かなかった。もちろん、そんな危ないものに乗れたものではないのだが。とにかく
最上階までこの調子なのだろうか?
 考えてみる。例えば金属バットでも鉄パイプでも刀でもいいのが、決して広くはないこ
の通路で使うに適した武器であるかといえば、答えはノーに決まっている。そんな人間が
わざわざここに誘い込むということをするだろうか。更に考える。ここまで、ドアだ全て
開かなかったということで、馬鹿正直なほど一本道だった。通路が一本しかなかったから
だ。おかしい、この建物は、この状況は、誰かが作為的に作ったものの気がしてならない。



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