死神






 カチリ─。いやな、音がした。
(なるほど、こういうことか。人は見かけによらぬということだな)
 岩切花枝は嘆息した。足元にはスケッチブックの切れ端。
『きたらしんじゃうの』
 とゆがんだ字で書かれている。
(私は少し油断していたらしい。認識を改めないといけないな)
 一歩でも動けば死ぬというこの状況下で、花枝は笑みさえ浮かべていた。

 ズバゥゥゥゥゥーーーーン!!
 また誰か来たらしい。何で、みんなそっとしておいてくれないのだろう。
 そんなことを思いながら、上月澪は目を閉じてひたすら震えていた。
 そのとき、前方でドサッという音がした。ゆっくり目を開けるとそこには、
 手─
 ところどころ焼け焦げてはいるが、間違いなく人の手だった。
 言葉が出せたなら叫び声のひとつもあげていただろう。澪はその代わりに後ずさろうとして─
 誰かにぶつかった。
「お前が吹っ飛ばしたやつだろう?そんなに怖がることはないんじゃないのか?」
 微笑を浮かべた花枝の姿は、澪にはまるで死神のように見えた。

 対人地雷は足を離すと爆発する。そこで、土を詰めて重くし、鋼線を巻いた鞄を代わりに地雷の上に乗せて、遠くから引っ張って爆発させた。軍隊生活で学んだ知恵だった。
 尋問は滞りなく行われたが、支給された地雷の数と埋設場所以外に有用な情報はなかった。
「さて、覚悟はいいな?」
『そんなたすけてしにたくない』
「命乞いとは見苦しいな。人は殺せても自分の死は受け入れられないとでも?」
『ちがうのちかよらないでっていったのに』
「まったくお前にはやられたよ。どう見てもお前はあんなトラップを仕掛けるような人間には見えないからな。やる気になったやつならあの紙を見て獲物と思うだろうし、お人よしならば保護欲を刺激される。私も危うく引っかかるところだった」
『ちがうのこわいのそれだけなのころさないでおねがい』
澪は失禁していた。スケッチブックの文字も、判別が困難なほどに乱れている。
「終わりだ」
そこで澪の意識は暗転した─



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