無題






「何よそれ? このあたしを馬鹿にしてるつもり!?」
 壇上の男の一言に、私の隣にいた女の子が立ち上がって叫ぶ。
 と、次の瞬間。
「ぎゃっ!」
 一瞬その女の子は身体を大きく反らして、そのままぺたんとひざを付く。
「詠美!」
「ふみゅ……」
 後ろの方から呼びかけがあったが、その子は座り込んだまま振り返らない。
 私がちらりと後ろを向くと、メガネをかけた子と目が合った。慌てて、目を逸らす。
「はいはい、静かに。こちらの思考が理解できないというのならそれでも結構。
だけど、途中で邪魔をしない。ちゃんと聞くように」
 男は無表情のまま、手にしたリモコンをポケットにしまう。
「……と、いうよりもこれを見てもらった方が早いな。じゃあ皆、モニターに注目」
 男は、先ほどとは違ったリモコンを取り出すと、教室の隅の機械に向けてスイッチを押す。
さっきまで写っていた男の人たちの姿が一瞬でブラックアウトし、ついで現れるカウントダウン。
 私はそのまま、じっと画面の数字が減っていくのを見つめる。

 だって、私にはそれしか出来なかったから。
隣の女の子を気遣うことも、壇上の男に歯向かうことも。
 私には、何も出来なかった。



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