グロリアス・ワールド
ドキュメント番組くらいでしか目にしたことのないような純白の大地が、辺り一面に広がっていた。
深夜だというのに、空はぼんやりと薄明かるくて実に風情だ。
雲ひとつないこの天空は、この訳の分からない島があの鎌池によって作られた人工の空間であることを示唆しているのだろうか。あの気違いの遊び心かと思うだけで反土が出る思いだった。
一歩を踏み出すと、ザクリと雪を靴底が踏み締める。
こんな雪原を歩くのに適している靴とは思えない、ここを抜ける頃には靴は使い物にならないほどぐちゃぐちゃに濡れてしまうだろう。
とことん胸糞が悪ぃな、と青年は呟き、頭をボリボリと掻いた。
繁華街でホストでもやっていそうな服装と顔立ちの青年は、しかし全く浮ついた感情を抱かせない。
それは果たして―――彼の心が現在、とんでもない『揺らぎ』に襲われているからだろうか。
「どうなってやがんだ、一体……」
青年には、自分がこうしていることは有り得ないという確信があった。
自分は死んでこそいないが、間違いなく二足歩行は出来ないような状態に成り果てていたのだから。
あの日――学園都市最強の超能力者の『翼』の前に、青年は叩き潰された。
あまりに無慈悲で、格の違いを嫌という程見せつけるまでの、圧倒。
彼が戦いの中で得た『進化』など意にも介さぬ破壊は、彼を徹底的に虐殺していった。
学園都市の最先端技術で脳を区分けされ、超能力を吐き出すだけの塊にさえ変えられた。
そんな状態だった自分が――どういうことなのか、こうして五体満足で再生している。
あの状態からここまで再生させるなど、それこそ魔法のような芸当である。
科学の生んだ『兵器』ともいえる彼は冷静に自分の置かれている状況を分析した。
だが、彼は決して何の衝撃も受けていない訳ではない。
困惑と、似合わなく恐怖に近い不安が、平静を努めようとする心を蝕んでくる。
それに耐えられるのは、彼のプライドか、はたまた『闇』を生きてきた経験の恩恵か。
「心理定規に、一方通行。第四位の麦野沈利、……第三位に第五位もかよ。よりどりみどりだな」
こんな連中が平然と闊歩していては、一般人に勝ち目など万に一つもありはしないだろう。
出来レースといっていいほど、戦力差は大きいように思えた。
青年の所属する『スクール』に敵対する『アイテム』、そして『グループ』。
因縁の深い暗部組織の連中がフル参加とは、随分粋な真似をしてくれる。
(襲ってくるようならお望み通りぶっ殺してやるよ、かかってきな)
かはは、と青年は一人笑う。
彼は自分の力に自信があった。
自惚れではなく、それが曲げようのない事実である。
学園都市第一位とも渡り合える、戦略兵器として見た方が早いような『力』を持っている。
大抵の相手なら一撃。
第一位のように縛りがある訳でもない以上、限りなく自分は優勝に近いだろう。
願いを使って、かの統括理事長サマの鼻を明かしてやるのも面白い。
暗部の中では比較的良識派の部類に入る彼だったが、決して日和ってばかりの偽善者ではない。
殺す時はしっかりと殺すし、状況によっては一般人を利用することだって躊躇いはしない。
良識派ではあるが、『甘ちゃん』ではなかった。
「―――そうか、悪くねえか………」
くっくっと、またも一人で笑い声を漏らす。
もしも見ている者があったなら、気持ち悪いことこの上なかったかもしれない。
しかし、知ったことではなかった。
彼の心中は今――決して穏やかではなかったのだから。
「―――って、ふざけてんじゃねえよコラ」
青年は苛立ちを隠すこともなく、自らの中に湧いた『甘え』の感情をすっぱり切り捨てた。
それは鎌池和馬の命令に背き、あの絶対的支配者に牙を剥く宣戦でもあった。
「世界を滅ぼすなんて平然と言うようなヤツの言うことを、どうやって信用しろってんだ。武装集団(スキルアウト)の連中にでも、詐欺の手口を学んできやがれ」
あの男の言葉は、嘘ではないと青年は思う。
世界を滅ぼすことも、何らかの手段で為し遂げられるのかもしれない。
が、そういうトチ狂ったことを宣う輩の指定した『賞品』を信じろというのは、到底無理な話。
今時のご時世、そこいらの子供だってもうちょっとマシな手口を使う。
「下らねえ。とっと終わらせて帰るに限るってもんだ――運が悪かったな、鎌池」
彼は、自信に溢れていた。
言葉に出してみて、混乱は吹っ切れたようだった。
彼の自信を裏付けるのは、彼が学園都市で就いているとある『地位』だ。
青年の名前は垣根帝督。
学園都市第二位の超能力者である。
能力の名前は『未元物質』。この世に本来存在しない筈の物質を取り出す能力。
一方通行にも届き得る可能性――第二候補(スペアプラン)。
科学と学生の街において、第二位の地位は限りなく最強に近い。
ならば――この『ゲーム』を破壊することだって、決して不可能ではないだろう。
それに、首に付いている煩わしい『首輪』を解く鍵になる可能性も、存在するのだ。
この世に存在しない物質でなら、鎌池の裏をかけるかもしれない。
奴が絶対の信頼を寄せるこれを、外すことが出来るかもしれない。
「んじゃまずは、心理定規の奴を捜してやるとするか」
垣根が率いていた暗部組織『スクール』の構成員だった、ドレスの少女。
どう動いているかは分からないが、垣根の指示でなら協力は望めると判断する。
彼女の能力を使えば、殺人者を味方にだって出来る。
心理干渉―――心理定規(メジャーハート)、人間同士の心の距離を操作する力を、あの少女は持っているのだから。
ざくり、ざくり、ざくりと。
足を進める度に靴の中に入ってくる雪がたまらなく鬱陶しい。
肌を刺す冷気も、深夜とあって強さを増している。
この衣服では長居は危険だ。
なるだけ早くここを抜け出して、出来れば靴を乾かしたい気分だった。
「………ん、何だありゃあ」
決意新たに数歩歩いたところで、垣根の視界は少し遠くに小さな動く物体を視認する。
積もった雪が慌ただしく宙を舞っているのを見るに、どうやら誰か人間がはしゃいでいるらしい。
また数歩進むと、その人物のシルエットが徐々に明らかになってきた。
見た目は十歳前後の少女で、ピンと立ったアホ毛が否応なしに目を引く。
豪華な毛皮で作られたコートを羽織っているあたり、いいとこのお嬢様なのか。
が――その見た目に、垣根帝督は覚えがあった。
過去、とある能力者を前人未到の絶対能力者へ届かせる為に行われた非道の『実験』。
第三位のDNAマップを流用して1万もの『妹達』を生み出し、それをその能力者に殺させる。
結局学園都市側の目論見は破られたらしいが、『妹達』はまだ相当数残っていた。
そして彼女の姿は――『最終信号(ラストオーダー)』。
学園都市第一位・一方通行の守るべき存在だ。
自分を物言わぬ塊に変えたあの最強が、誰の命に代えても守ろうとした『最後の希望』。
言ってしまえば、垣根帝督にとってあまりに因縁深い存在だった。
「わーっ!! やっぱ本場ロシアの雪はふわふわしてるねーって、ミサカはミサカは生まれて初めての雪遊びにはしゃいでみたり!!!」
自らを再起不能まで追い込んだ超能力者の大切なものと出会った垣根帝督。
彼は彼女と出会って、何を変えられるのだろうか。
【一日目/深夜/E-2 ロシア】
【垣根帝督】
[装備:なし]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3]
[状態:健康]
[参戦時期:一方通行に敗北後]
[スタンス:対主催]
[思考・行動]
0:鎌池の計画をぶっ壊す。
1:コイツは………
2:心理定規との合流を目指してみるか
【打ち止め】
[装備:毛皮のコート]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3]
[状態:健康]
[参戦時期:未定]
[スタンス:対主催]
[思考・行動]
0:みんなで帰りたい。
1:雪だ雪だー! ってミサカはミサカははしゃいでみたり!!
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