幻想殺しの再開
上条当麻は、無能力者である。
正確に言うならば、如何なる異能も彼には芽生えず、そして働かない。
運命の糸や神のご加護、そういう『オカルト』全てが、上条には働かない。
原因は彼の右手にあった。
原理不明、理屈不明、説明不能の三拍子が揃った、この手で触れた『異能の力』は、全て例外なく打ち消されてしまう。
科学の頂点・学園都市の超能力も。
魔術師どもの繰り出す魔術も、彼の右手に全て阻まれる。
そんな力を、ある人物はこう呼んだ――『幻想殺し』と。
どんな幻想をも食い殺す力のせいで、上条当麻は随分と不幸に行き合った。
あの『夏休み』が始まってから、たった数ヶ月で何度危険に晒されたか分からない。
けれど、上条は後悔していない。
自分のこの力があったからこそ、守れたものがあった。
多くのものに支えられて、上条当麻はここまでやって来たのだ。
しかし、これまでの人生で恐らく一番―――上条当麻は激怒していた。
「……ざけんなよ」
殺し合いを強要する鎌池和馬への激情もある。
だが何より、とある少女の大切な人を殺したことが許せなかった。
モニター越しに見せつけられた、『見せしめ』の処刑映像。
そこに映る一人の女性と、『御坂』という名字に、彼は覚えがあった。
何かと自分に突っかかってくる、エリート中学校所属の電撃お嬢様――御坂美琴。
鎌池が殺したのは、彼女の両親だ。
自分も大覇星祭の時に絡まれたことがあったし、無能力者たちの武装集団から助けたこともあった。
娘とはかなり異なった性格の、色々と大人な女性というイメージ。
自分を見るなり電撃を放ってくる彼女の娘を鬱陶しく思ったことだってある。
何かと喧しい奴だと思っていたこともある。
だけど―――
だけど、あんな仕打ちを受けるほど、彼女たちは終わっている人間ではなかっただろう。
「ふざけんなよ、このクソ野郎が!!」
気付けば上条は、辺りに響く大声で感情を爆発させていた。
ここが、これまで経験してきたどんな危機よりも間近な『死線』であることは理解している。
神話上の大天使と単機で渡り合える異能殺しの右腕も、銃や刃物の前には全くの無力。
上条当麻という少年は、決して最強の戦闘力を持ったヒーローなどではない。
ただし、その内に秘めた熱い心が、恐怖などに掻き消されることは有り得ない。
どんなに強大な敵が相手でも、右手一本で立ち向かう。
世界の勢力に大きな影響をもたらしてきた少年――それが、上条当麻なのだ。
「何で殺す必要があった! あんな、見せ付けるように………!!」
今でも、正確に映像の惨劇を思い出すことができる。
首に巻かれた悪魔の首輪が紅く光ると同時に、首が爆発の衝撃で千切れて宙を舞い。
血管という血管が破けて血液を噴出させ、ごとりと最後に首が地面に落下した。
スプラッター映画を彷彿とさせる映像に、冷たく言えば無関係の自分でさえこんなに辛いのだ。
なら、彼女たちの娘である御坂がどんな想いであの映像を見ていたのか―――
それを想像した瞬間に、上条は自分の中の『何か』が弾ける音を聞いた気がした。
これまで、色々なものを見てきた。
夏休み始まりの日に、修道女の少女と出会って。
学園都市最強と吟われる怪物とだって戦った。
イギリスの大クーデターでも中心に位置し、ロシアでは世界を救おうとした男の幻想を殺した。
そうして彼は知った―――綺麗事だけではやっていけないことを。
自分が何も考えずに突っ走って、それで救えないものがあることも知った。
幻想殺しの少年は、価値観を揺らがされかけていた。
そういうあれこれが全部まとめて吹っ飛んだような――怒りが、全てを吹き飛ばした。
ヒーローは舞い戻る。
かつて世界を大いなる終焉から守ったツンツン頭の少年が、ここに再び火を灯す。
「――鎌池和馬」
低い、先程とは打って変わって感情を圧し殺した声で上条は、今もどこかで笑っているだろう主催者・鎌池に向けてとある『宣言』を行う。
殺意ともまた違う、むしろそれすらも通り越した怒り。
「てめえが何を思って、どんな結末を目掛けてこんなクソゲームを起こしたのかは知らねえ」
そして興味もねえ、と上条は付け足す。
上条当麻には強者の愉悦が分からない。
彼は無能力者だ。異能力を殺す右手なんて、夏休みの課題一つとして解決できない。
一方通行のベクトル変換のように、世界を滅ぼせるレベルの化け物ではない。
御坂美琴のように、電気全てを司る能力など縁遠い。
居候の少女・インデックスのような豊富な知識も持っていない、ただの劣等生に過ぎない。
「だが」
だが、上条当麻には意地がある。
これまで何度も何度も倒されては立ち上がり、戦ってきた意地がある。
まだ青春をしていなければならない歳で何度も世界の存続にさえ関わる場面に立たされ、その度にそれを解決し、今や科学と魔術両方から注目される『ジョーカー』的要因となっている。
が。上条の心は、『そんなつまらないこと』くらいで逃げ道を選ぶほど弱くはない。
彼は――幻想殺し。誰かの囚われている幻想をぶち壊す力を持っている。
ヒーローと称された少年は、自分をヒーローなんかじゃないと言う。
ヒーローなんかじゃない―――しかし、
「俺の大切な人や、誰かの世界を傷付けてまでてめえ勝手な欲望を満たそうってんなら――」
――ヒーローでなければ立ち上がってはいけないなんて、誰が決めた。
「俺は、その幻想をぶち殺す………!!!」
■
決意からの数分後。上条当麻は早速ながら不幸に見舞われていた。
学園都市の中で、最も幼稚園や小学校が多いとされる学区。
過去にとある暗部組織の陰謀で、学園都市を転覆させるために大量殺人計画のピースとして組み込まれていた学区には、現在楽しそうに遊ぶ子供や道行く通行人の姿はない。
これが鎌池和馬の作り上げた空間であるという理由を、不気味なほどの静寂が物語っていた。
が、上条にとってはそれどころではない。
彼は今まさに―――生と死の瀬戸際に立たされているのだから。
(うわああああああ!! いきなり上条さん詰んでるんですけど!?)
後頭部に感じる冷たく硬い感触。
手を挙げろ、と言われてからずっとこの体勢で、上条は静止させられていた。
もしかしなくても、この感触は銃口のそれだとほぼ無意識的に上条は感じ取る。
はっきり言うと、ヤバい。
上条当麻の右手は異能ならば神の奇跡だって破壊してしまうが、銃弾の前にはただの腕なのだ。
どや顔を決めて右手を突き出そうものなら、手が銃弾に貫かれること請け合い。
それにこの体勢から振り返りざまに銃を叩き落として鉄拳一発、なんてことはまず無理。
そんなミラクルが上条に味方してくれる訳などなく。
早まった行動を起こせば上条の脳髄がビシャリ、で呆気なく幕切れとなってしまう。
「あ、あのー……上条さんに一体何のようなのでせうか?」
「安心しろ。俺はお前を殺すつもりはない――あるとすれば、別な奴だ」
ダァンッ!! と銃声が響き渡り、それとほぼ同時に上条の体が倒された。
強引な回避だとは思ったが、銃弾なんてものを撃ち込まれたら大損害もいいところ。
ここには頼れるカエルに似た顔の医者はいないのだ。
「舌を噛まないようにしろよ! お前がこういうのに慣れてないなら特にだ!!」
「心配すんな! 俺はこれよりもっとヤバいことに一杯巻き込まれたからな!!」
上条はほぼ地面を転がるようにして、外敵の姿と味方の姿を視野に捉えようとする。
味方と見られる拳銃を持った男はともかくとして、敵の姿は上条にも見覚えのあるものだった。
サローニャ=A=イリヴィカ。
飛行機の中で戦い、そして撃破した魔術組織『グレムリン』の構成員の姿が、そこにはあった。
手にしているのは拳銃。小型なサイズを見るに、本来暗殺が主用途のそれなのかもしれない。
確かなことは、彼女が上条たちの命を狙っていること。
つまり、殺し合いに乗っているということだった。
「さあ、子羊ちゃん! 踊っていただきましょーう!!」
サローニャが優勝を狙う動機なら、分からないでもない。
彼女だってそう重要な地位にはいないとはいえ、あのグレムリンの構成員だ。
確固たる意思の元に上条当麻の前に立ちはだかったその理由は―――
「――我が祖国ちゃんのために」
彼女の祖国が、学園都市やロシアに蹂躙されることを嫌った故だ。
読心に心得のない上条には彼女の胸の内までは読めなかったが、彼女の願いは大きいものだった。
それは、祖国を脅かす全ての抹消。
学園都市もロシアも、自分の愛する国を蹂躙せんとするモノは全て消し去ってしまえばいい。
その為になら、全てを殺し尽くす修羅の道を選ぶことだって辞さない。
サローニャが走り、鋭い蹴りの一撃を拳銃を持った少年の胸元めがけて叩き込む。
十字に交差させた腕で衝撃を殺したが、鈍いじりじりとした痛みが強く残った。
腕にヒビなどが入っていないだけまだ良い。
学園都市の中でアンダーグラウンドな位置を担う彼の格闘経験がここで活きた。
少年は痛みの走る腕で、拳銃のグリップを握る力を強める。
彼は悪人ではないが、決して博愛主義者ではない。
殺すべき相手を、綺麗事だけで見逃していては身を滅ぼされるだけだと、知っている。
「サローニャ=A=イリヴィカッ!!」
上条が走るが、サローニャはそれを嘲笑うように彼に向けて銃を向ける。
全開は倒されたものの、格闘のスキルでなら上条当麻にも通用することは証明ずみだ。
引き金を引こうとした瞬間に、サローニャの持つ小銃に少年の放った銃弾が掠めた。
その衝撃は射撃の照準を反らし、上条当麻に弾丸が直撃することを未然に防ぐ。
が、それでも努めて冷静な判断で、上条の腹に向けて爪先をぶち込む。
入りは浅いものの、突撃の動作を中断させるには十分すぎる。
「ばいばいちゃんっ!!」
小銃を今度こそ、体勢を立て直す途中の上条当麻に向ける。
狙うのは頭だ。あの幻想殺しに一度敗れている身としては、彼に油断をするのは最悪の悪手だと知っている。
容赦なく引き金を引く。
サローニャは会心の笑みを浮かべるが、それはすぐに疑念の表情に変わる。
少女の様子の変化を見て、少年は上条に叫んでいた。今度は彼が、会心の笑顔で。
「おいツンツン頭! 奴さんはデリンジャーの装填数を知らねえらしい、今がチャンスだぞ!!」
デリンジャー。暗殺のみに特化した小型フォルムの銃だが、装填弾数は僅かに二発だ。
学園都市の中ではもっと高性能なモデルが排出されているものの、未だに学園都市の外では重宝されている武器。――が、サローニャは銃の性能をよく知らなかった。
銃というだけで安心し、よく確かめもせずに行動に移った彼女の行動が、ここにきて裏目に出たのだ。
サローニャが上条迎撃の構えに移った時には、既に彼の拳が振りかぶられていた。
「っ」
今度はサローニャが必死に片腕でその一撃をガードする。
体勢が不安定だったこともありダメージはそれほどでもないが、少女の肉体はあくまで華奢だ。
上条のタックルに対応することは敵わず、体重に任せて彼女は地面に叩き伏せられていた。
衝撃に意識を手放したサローニャは脱力して地面に横たわる。
取り落としたデリンジャーが地面を転がる。
サローニャの敗因は、彼女の全力が使用できなかったことだ。
彼女の魔術は確かに強力ではあるのだが、準備期間を必要とする言ってしまえば面倒な魔術なのだ。
こんな何処とも知れぬ土地でいきなり使用できるほど応用の利くものでは、少なくともない。
もし全力が使えたなら、サローニャにも勝機はあったかもしれなかった。
「ナイスだ、ツンツン頭。俺は半蔵、無能力者だ。一応、武装集団(スキルアウト)に所属してる」
「上条当麻。俺も無能力者だよ」
武装集団、というワードに覚えがある上条だったが、目の前の少年――半蔵は悪い奴には見えない。
彼が危険を教えてくれなければ、上条はなす術無しにサローニャに殺されていたかもしれない。
半蔵を信用しよう、と上条が決めた時、半蔵は意識を失ったサローニャの体に銃口を向けた。
そして、上条を見る。
「こいつをどうする。個人的には殺しておくのが無難だと思うぞ。こういう場で、こういう早まった奴は良い影響をもたらさないのが常だからな」
半蔵は博愛主義者ではない。
合理的であれば、仕方なければ、人の命を奪うことだって覚悟はできている。
伊達にアンダーグラウンドの世界を生きていない、ということだ。
彼の経験則上、ここでサローニャ=A=イリヴィカを殺害しておくのは最も安全な策だ。
危険因子を全て排除しろとは言わないが、少なくとも彼女は間違いなく乗っていた。
「駄目だ」
が、上条当麻は即答をかました。
半蔵は瞳をぴくり、と動かす。
「こいつは確かに早まったことをしたけど、殺すのは駄目だ。それこそ、鎌池の思う壺だ!」
「じゃあどうしろってんだ! 目を覚ましたら、こいつはまた殺しにかかってくるんだぞ!!」
半蔵という少年は、あまり気の長い性質ではない。
上条当麻の語る理屈は彼にしてみれば甘すぎる、闇を知らない者の台詞だった。
が、彼の知らないことではあるが。
上条の経験を知った上で、それでも上条当麻は闇を知らないと言える者は居ないだろう。
科学サイドではなくとも、魔術の世界で彼は様々な闇に携わった。
第三次世界大戦の黒幕を殴り倒して、世界を救ったのは他ならない上条当麻自身だ。
「だったら俺が止めるからお前は逃げれば良い」
半蔵の知り合いに、浜面仕上という人物がいる。
一時は武装集団のトップに立っていたが、今では恋人にも恵まれ幸せに過ごしている男。
彼は、自身とある少女の窮地を救うために、自らもう一度闇へ飛び込んだ。
その行動を半蔵は咎めたが、浜面の助けがなければ間違いなく自分達は肉塊になっていたと思える。
このツンツン頭は、浜面仕上と似ている。
救える者は無理をしてでも救おうとする、その甘さが原因で不利益を被っても決して根に持つことのない、闇の世界には役不足と言う他ないような人種。
半蔵の主義では、どうしてもわざわざ日だまりから闇へ飛び込む人間は理解できない。
上条のように、救う価値のない者まで救おうとする人間もまた然り。
「だから殺すな。こいつがまた暴走しそうになったら、しっかり俺が責任を取るよ」
「……お前、そういうことをやってると――いつか死ぬぞ?」
「誰かを助けて死ねるなら、俺は文句を言う気はないよ」
半蔵は思う。この少年は異常だ。
たかだか高校生の身で、どうしてこれほどまでに強すぎる正義感に目覚められる。
きっかけもなくこれなのか。
だとすれば、まるで誰かを救うために生まれたような―――
(ヒーロー)
そんな陳腐なワードが脳裏に浮かぶ。
普通ならただ甘いだけの雑魚と烙印を押すところなのに、どうしてか彼の言葉には重みがあった。
数多くの修羅場を潜ってきた貫禄だろうか。
それとも、上条当麻という一個人が、たとえ困難でも折れるような人間ではないと、無意識に感じたからか。
「あー、分かったよ! ただし本当にお前が責任を取るんだな!?」
「保証する」
ぐっ、と右拳を突き出して上条は笑顔を浮かべた。
ちなみに、この後上条当麻の女事情について聞かされた半蔵は、『何が不幸だこのハーレム野郎がーっ!!』と半ば絶叫しながら彼に拳骨を決めることとなる。
未だサローニャは目を覚まさない。
【一日目/深夜/B-5 第十三学区】
【上条当麻】
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×3
[参戦時期]新約五巻冒頭から
[状態]健康
[思考・状況]
0:殺し合いを潰して、鎌池を倒す。
1:半蔵と行動。サローニャが目を覚ますまで待つ。
2:インデックス、御坂を探す。他の知り合いにも積極的に合流していく
【半蔵】
[装備]グロック17
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[参戦時期]新約一巻終了後から
[状態]健康、両腕に若干の鈍痛
[思考・状況]
0:バトルロワイアルから脱出する
1:上条と行動。サローニャに関してはとりあえず保留。
2:浜面を探す。駒場のリーダーについては……?
【サローニャ=A=イリヴィカ】
[装備]デリンジャー(0/2)
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×1、デリンジャーの予備弾薬(10/10)
[参戦時期]新約三巻終了後から
[状態]気絶
[思考・状況]
0:優勝して、祖国を守る
1:…………
※『レーシー』の使用はできません
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