SICK






それは、この殺し合いの場で明らかなハンディキャップを抱えているように見えた。
車椅子に乗って、穏やかな顔つき、考え込むような素振り――端から見れば、ひどく暢気なそれに見えたかもしれない。この女性は殺し合いに乗っていないと誰もが思うだろう。
しかしそれは大きな間違いだ。彼女の顔を凝視して見れば気付くことが出来る。
女性の瞳は墨で塗り潰したように漆黒で、とても真っ当な人間のそれとは思えなかった。
そしてその通り、彼女は決して人畜無害な一般人などではない。

「あらあらー、円周ちゃんに乱数くんたちも呼ばれているんですかー」

彼女は両手で参加者名簿を持ち、知り合いの名前があることを確認している。
だがそれ以上の感情はそこになく、ただ『知り合いの名前がある』ことを反復しただけのようで。
早い話が、心配しているとはとても思えなかった。
当然である。彼女はこのゲーム――バトルロワイアル開幕の瞬間に、一つを諦めたのだから。
諦めることに特化した人間だからこそ、早々に見切りをつけることが出来たのだ。
とはいえ。彼女が諦めたものは、人として絶対に諦めてはいけないものだったのだが。

「学園都市がやったにしてはやり方がオカルト過ぎますねー。恐らくは『あちら』の仕業でしょう」

あちら―――即ち、魔術の世界の住人。
彼女を含めた表側の科学の世界とは一線を画した魔術サイドの存在は、既に彼女の預かり知るところでもあった。もっと漠然としか知らないものの、それは科学の世界に生きている自分達からすればまさしく理解不能の境地にある、とだけは察している。
例えば、自らに引導を渡したあの忌まわしき男―――木原加群のような、理解不能の力を。

女の名は、木原病理といった。
科学と学生の街・学園都市に生きる科学サイドの住人である。
ここで重要視すべきは、彼女が『木原』の姓を有しているというその一点に尽きるだろう。
ある者からすれば恐怖の対象で、またある者からすれば憎悪の対象ともなる、『科学がこの世に有る限り生まれ続ける一族』―――彼女は、木原一族の人間なのだ。
『諦め』を極め、自他を問わずに多くのものを諦め、諦めさせてきた。
そんな諦めを司る病理が最初に諦めたものは、ひとえに『他人を救おうとすること』。
訳すれば、自分以外の命全てを見捨て、軽視するという意味でもある。


「ま、そんなことはどうでもいーんです。どうせ殺すんですから関係ありませーん」


彼女は殺し合いに乗っていた。
木原らしいと言えば木原らしい、他の一族の人間など顧みない姿勢で、殺し合いに臨むことを決めた。
車椅子に乗っていること自体が、相手のミスリードを誘うある種のフェイク。
その内部には重火器が仕込まれており、人間一人を殺害するには十分すぎる威力だ。
それだけではない――病理の身体に仕込まれた無数のギミックは、発見次第参加者を次々と滅し、潰していくことだろう。

不意討ちだろうと、真正面からだろうと、『木原』の名は伊達ではない。
常に誰もが思いもしないような奇策で相手を迎え、人でなしと蔑まれるまでの非道も躊躇なく行う。
たとえば同じ木原一族の人間でさえ、まだ不確定な可能性を潰すために殺そうとする。
罪がないだとか、家族だとか、そんなものは『諦め』の病理の前にはひとえに塵同然。
救うことを諦めた彼女は、早速だが他の参加者達を滅殺すべく車椅子を進ませる。
いざとなれば車椅子など不要な肉体で、それでもハンディキャップを抱えているかのように振る舞う。
案外、間抜けというものはザラに存在するのだ。
馬鹿面で近寄ってきたならこちらのもの、虎を一撃で蹴り殺す程の暴力を叩き込んで御仕舞い。
「ま、優勝したら円周ちゃんたちを生き返らせてあげてもいいかもしれませんねー」

正直なところ、優勝するのは自分でなくても良い。
『木原』の人間が優勝すれば、願いを叶えることで恐らく生き返れる。
馴れ合いを嫌う一族であることと、『木原』を喪うことは話が異なるのだ。
数千の『木原』にとっては病理や円周の損失は決して大きいものではないが、先んじて叶えたい願いを持つ者は少なくとも病理の知り合いには存在しなかった。
生存云々よりも重大な問題は――それより、『あの男』の存在そのものである。


「木原、加群…………」


『木原』の道を拒み、真っ当な人生を望んだ男。
そして、過去にこの木原病理が手ずから教師の道を諦めさせた人間だ。
鎌池和馬の気紛れがなければ、今頃病理の死体はどこかで隠密に処分されていたことだろう。
幸い傷は全て癒えているが、加群の力は目下最悪の難題だ。
如何にしてあれを殺すか、それを決められない限りは優勝など夢のまた夢。
どこかで犬死にを晒してくれでもすれば、助かるというものなのだが―――。

(しかし、今なら加群さんを殺すことはそう難しくない)

病理は『木原』特有の冷徹な思考を巡らせて考える。
加群の力は『致命傷を防ぎ続ける』ものだった。
病理の攻撃を受けても平然と立ち直ってきたあたり、相当に厄介な力ではある。
あれが有る限り嫌でも長期戦を強いられ、おまけにそうなれば自分が不利になるときた。
普通に戦っていてはとてもじゃないが勝ちの目は薄い――だが、今は加群にも『穴』がある筈。

「この『首輪』―――どんな能力も無効化するんでしたよねぇ……?」

ならば、これを起爆させれば加群を抹殺することは十分に可能。
手段は幾らでもある。
騙して誰かをけしかけて、あれの善性を利用して禁止エリアにぶち込んだっていい。
もしも無理そうなら最悪――片腕を『諦める』。
腕を引き換えにあの怪物を仕留められるなら、それはなかなかに安い対価だ。

「――うふふ。まあ何にしろ、私もぼちぼち動くとしましょう」

光の一切宿っていない、黒い瞳で邪悪に微笑む車椅子の女。
それはまるで寓話の中の妖怪のように狂気的で、付近の科学的な町並みから明らかに浮いていた。
ぎこ、ぎこと車椅子を漕ぐ音を立てながら、木原病理は殺し合いを行うべく進む。

―――より多くの人間に生きることを『諦め』させる為に。


【一日目/深夜/A-4 第四学区】
【木原病理】
[装備:病理の車椅子]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3]
[参戦時期:死亡後]
[スタンス:マーダー]
[思考・行動]
0:生き残る。
1:『木原』の人間と会ったら対話をし、やむを得ないようなら殺害しておく
2:木原加群や一方通行など、強力な敵には近付かない
3:首輪は積極的に利用していく



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