始まりは穏やかな鐘の音と共に-Game Start-
―――覚醒せよ―――
―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――
―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――
―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――
―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――覚醒せよ―――
「――速やかに覚醒せよ、私の愛する子供たち(キャラクター)よ」
変声機でも使っているのか、やけにくぐもった声が『人々』の集められた大聖堂に響き渡った。
不思議なことに、その音声が響くのと完全に同時のタイミングで、意識を失っていた全員がその意識を『覚醒』させ、各々自らの置かれている状況に困惑を示し始める。
ある者は怒りを表し、ある者は恐怖と不安にその身を震わせる。
何かしらの『目的』を遂行する途中で呼ばれた者も居るらしく、そういう者ほど強く苛立っている。
しかし、一般人相応のパニックを起こす存在は希有だった。
何故か――それはひとえに、彼ら一人一人がこの程度では驚けない非日常を経験してきたから。
魔術の世界を生きる者も。
科学の世界を生きる者も。
苛立ちを示しこそすれど、その感情を爆発させている者はごく僅かだ。
「静粛にしてくれると助かるな、子供たち(キャラクター)」
その時、かつんと革靴の音を鳴らしながら、本来神父が立つべき壇上に一人の人物が姿を現した。
全身を何かエネルギーのようなもので覆っているのか、その人物の人相や性別は分からない。
ただしかし、勘のいい者ならばすぐに気付いただろう。
あの得体の知れない存在が、自分たちにとって現時点で最大の脅威となる存在だと。
「私は鎌池和馬、といってね。まぁ私が何者かはこの際どうでもいいことだ」
鎌池と名乗った性別不明の人物は、フレンドリーに両手を広げて見せた。
攻撃の意思がないことを示しているようだったが、それは主導権を明け渡す意味ではない。
彼の全身から放たれる殺気とも違う、だが慈愛などとはまるで異なる『空気』。
それが、あれが自分たちとは根本から異なる存在であることを予感させた。
例えるなら、ロシアの上空に姿を現したあの『大天使』のような。
道理(ルール)が違う――そういった、存在だった。
「不器用な召集の仕方で済まないね。でもこうするしか無かったことを分かってほしい。私にはどうしてもやらなければならないことがあり――君たちには、これに協力して貰いたいのだよ」
ざわめきが僅かに生まれる。
知ったことか、だとか。
勝手にやってろ、なんて敵意を剥き出した台詞が多かったように感じられる。
全身がエネルギーに覆われていて表情は窺えないが、恐らく表情は変わっていないだろう。
「『最後の審判』―――私はその光景が見たい」
――これまでと、一気に場の空気が変質した。
理由としては、鎌池が召集した人間たちの内の約半数ほどが、驚愕の反応を示した為だ。
最後の審判――それは世界が一度終演することを意味する。
それを鎌池和馬とかいう得体の知れない存在が語ることは、まごうことなき神への冒涜だ。
冒涜行為に怒りを示すもの、ただただ驚きに言葉を失うもの。
どの反応も、しかし鎌池に届きはしない。
彼らと鎌池の間には、天まで届くほどに高い壁が聳え立っているようで―――。
最初から、同じ土壌に立たせて貰えていない。
そんな錯覚さえ覚えるほど、鎌池和馬という人物の存在は異質である。
それこそ、歴戦の猛者が危機感を覚えねばならないくらいに。
「しかし、だ。いくら私の綴った物語といえど滅ぼしてしまうのは忍びない。よって私は妥協案を提示しようと思う。その為に君たちには集まって貰った」
すっ、と鎌池が右腕を挙げると、どこかの島のような場所の全体写真が空間に提示された。
映像の質から見るに学園都市の技術を使っているようだ。
魔術の世界に生きる人間からすれば、厄介な手順を纏めて省けるので実に癪なものである。
それはともかくとして、表示されている島はこれまたよく分からない構造になっている。
学園都市の一部一部が切り取られて配置されたような都市部。
ロシアの極寒の大地。
バケージシティ。
いつか、ミーシャ=クロイツェフが極東の聖人と対峙した海。
寸分狂わず再現された各個の風景が、たった一つの島に押し込まれて繋がっている。
レプリカのようなものであるのは一目瞭然なのだが、それでもこれだけの再現をするのにどれだけの手間と時間が掛かったのかは想像するだけで頭が痛くなるほどだ。
「これから諸君らには、この島にて――最後の一人になるまで殺し合いをして貰う。優勝者には願いを叶える権利と、副賞に殺し合いで負った全ての傷の再生権を授与する」
くぐもった声で―――黒い人型は、終焉の開幕を宣言した。
最後の審判の下りよりも遥かに大きな混乱が起こり、怒号が飛び交い始める。
最後の一人まで殺し合うなど、どうして縁も所縁もない人間に命じられねばならないのだ。
そんなことをしている場合ではない、と誰かが叫んだ。
余りに悪趣味な遊戯を単なる好奇心で始めようとした鎌池への怒り。
――だがしかし、すぐに彼らは気付くことになる。
普段自分の手足のように使用できる力が、全くと言っていいほど機能しないことに。
「ああ、言い忘れていたが。私には君たちの能力を封じる力を保有している。抵抗は無駄だ」
能力を封じる力。
彼らにとってそれは覚えのある響きだ。
だが『彼』の力だってこんな広範囲に効果を及ぼすことは出来ないだろう。
あの『右腕』は触れている部位しか効果が働かない欠点があった筈だ。
その『限界』を―――この人物はあっさりと踏み越えてきた。
「願いは何でも構わない。富も栄誉も、全てに勝利できる無敵の力も、世界を救うことも、失われた命をこの世へ呼び戻すことも、全てが思うがままだ。
信じられないかもしれないが、私にはその力がある。『書き換える』ことは私の本職なのでね。極端な話、君たちをこの世界から消し去ることも可能だよ。
――まぁ、それをやるとなれば『歴史』を最初から書き直さなければならないから、面倒なのだが」
無敵の力。――絶対に負けない力。誰も挑戦する気力を起こさないほどに、絶対的な力。
世界の救済。――歪んでしまったこの世界を、新たに再構築する。
生命の蘇生。――二度と戻るはずのない生命を、道理を覆すことで引き戻す。
それはまるで『楽園(エデン)』の蛇の甘言のように甘く、滑らかな響きがあった。
鎌池和馬は、奴自身が望むならばすぐにでも『願い』を実証してみせるだろう。
虚構を真実に変え、真実を虚構に変える。
世界を騙して、願いを世界に認めさせる。
それは神のごとき力。
それは神への最大限の冒涜。
「先ずこのゲームの大前提として、殺し合うことを放棄しようとしたならば、後々君たちに装着される『首輪』が即座に君たちの命を奪う。全てを反射する能力だろうが無駄だ。全ての事項を貫通して対象の生命を速やかに破壊する、私の一世一代の自信作さ」
正式名称は『死神の如き者(デッドネックレス)』だけれどね、と付け足す鎌池だったが、人々はあまりの異常性に既に閉口する他なかった。
超能力ならまだしも、魔術の加護さえも貫通して破壊する技術など聞いたことがない。
そんなものがあるならば、世界の勢力図はもう滅茶苦茶になる。
神も人間も関係ない、ある意味では核よりもずっと恐ろしい兵器として君臨するだろう。
かの第三次世界大戦を遥かに凌ぐ圧倒的な壊滅――世界の終焉を、本当に実現してしまう。
神の奇跡も幸運の加護も全てを平等に打ち壊す。
少なくともこの場に呼ばれる者で、その重大性を計り損ねる者はいなかった。
学園都市側にしても――魔術側にしても――いずれにも属さぬ者にしても。
「制限時間は三日間だ。この時間内にゲームが決着しない場合は―――原典に忠実な『最後の審判』を起こしこの世界を滅亡させる。その時まで生き残っている参加者は全員消し去る」
最後の審判の発動。
その意味を正しく理解しているならば、それがどれほどの暴挙かは分かる筈だ。
積み上げてきた歴史も、発展し尽くした技術も全てが何の意味も持ちはしない。
圧倒的な終焉の前には全てが平等に、消え去るしかない。
「ただし優勝者が出た場合は、私は二度とこの世界に干渉しないことを誓おう。二度と好奇心でゲームを起こしたりはしないし、本来の筋書きを書き換えるような真似もしない」
それは何とも悪質で――狡猾な条件だった。
ゲームを認めれば全てを殺すことを受け入れなければならない。
もしも背けば、世界そのものを見捨てることになってしまう。
どちらを選ぼうとも、皆が救われる未来など存在しない。
鎌池和馬の言葉は暗にそれを暗喩していた。
幻想なんて甘いもの、存在する余地さえも与えはせずに、ただ絶望のみをその喉元に突きつける。
まるで、積み重ねられてきた積み木を崩すように。
彼らの物語に割って入った破壊者は、いとも容易く彼らの世界をむしり取ってしまった。
「なお、君達の中にはそれぞれ固有の武器や霊装を扱う者もあるだろう。しかし、ゲームの公平性を保つ為にそれらは私が一度没収し、ランダムに再度割り振っておいた。
心配はするな。元の武器よりも高性能な物が当たることだってあるんだから。―――ただし。
アンラッキーな者や武器がそもそも入っていない可能性もある。その辺りは自分の運が悪かったと思って各自どうにかしてくれ――勿論、他の参加者の武器を奪うのは戦略の一つだぞ?
殺した死体から身ぐるみを剥いだり、科学も魔術も貫通する『首輪』を死体の首から回収して利用することも可能だ。殺しの手段において一切の反則行為は存在しない。
人を騙すのは悪いことだとか、そういった常識は速やかに捨てるがいい。さもなくばその『甘え』は必ず君達自身の身を滅ぼすことに繋がるぞ。肝に銘じておきたまえ」
神様気取りかよ、と吐き捨てる声がどこかから聞こえた。
だが確かに、現在の鎌池はこの場において神に限りなく近い存在である。
あれの気紛れ一つで、ここのいる全員が消滅してしまいかねない。
生殺与奪は完全に、鎌池和馬という侵略者(インベーダー)の手にあった。
「殺し合いの進行状況を伝える手段として、六時間が経過する毎に死者の名前を告知する放送を行う。更にこの放送では、侵入すると首輪が作動するエリア――『禁止エリア』についても通知を行うので、メモの一つでも取っておくのが利口だ。
因みに、六時間の区間で一人も死人が出ていない場合。
私は躊躇なくこのゲームを打ち切り、即座に最後の審判を起動させて世界を終わらせる」
穴熊を決め込み続ける策も、これで使えなくなった。
禁止エリアの存在は否応なしに参加者に行動を要求し、『六時間ルール』も彼らの心を苛む。
一人も死んでいなければ全滅――。
これは極限状況下において、非常に優秀な火種として機能することだろう。
どこまでも悪辣な『ゲーム』のルールは、まだ開幕の時刻すら迎えていないというのに、集められた人々――間も無く『参加者』となる者たちにプレッシャーを絶え間なく与えていた。
もう乗るか乗るまいか、思案を始めている者もいるようだ。
しかし、会場には一人の少年の姿はどこにもない。
こんな時に最大の希望となって物語を駆け抜け続けた、ツンツン頭の少年の姿は、どこにもない。
「基本的な説明はこのくらいなのだが。君達としてもまだこのゲームに実感が持てない者も少なくないと見受ける。皆が皆血生臭い日常を生きてきた訳ではない、普通のことだ。
だが実感の欠如はモチベーションの低下に繋がる。
そこで私は二人の人間に、名誉ある『犧(いけにえ)』になって貰うことにしたよ。
栄えある大役に選ばれたのは―――御坂美鈴と御坂旅掛。彼らには別室待機を命じている」
ぱちん、と鎌池が指を鳴らすと、虚空に表示されていたビジョンがノイズと共に移り変わる。
映った光景は、ひたすらに無機質な印象を抱かせる白い個室。
その真ん中で椅子に縛り付けられ、意識を失っている二人の男女の姿だった。
少女の悲鳴が上がる。それはもう、悲鳴よりも絶叫に近かったかもしれない。
が、少女の涙程度で決意を揺るがすならば、こんな悪魔のような所業が出来る訳がないだろう。
鎌池和馬は表情の窺えない黒色の内側で、くぐもった声で確かに笑いながら言った。
「さあ刮目しろ、これが現実だ―――これが! 幻想の消えた物語だッ!!」
ドゴンッ、バガンッ!! と、破裂音が鳴った。
それは呆気ない音で、結婚式のクラッカーのように陳腐なものだった。
しかしその一発で画面に映る二人の首は吹き飛び、飛び散った鮮血の飛沫が白い部屋を真紅に染める。
首輪の威力。
だがそれを遥かに凌駕する、生死を奪い合うゲームの実感。
二人の人間の無惨な死は、あらゆる希望論を吹き飛ばして、現実として君臨していた。
目を反らそうと、一度目にしてしまった悲劇は消えない。
中にはその場で嘔吐する者まで出始めるが――『その時』はもう間近に迫りつつあった。
「こうなりたいか? 違うだろう。生きていたいと、目的を果たしたいと思う筈だ」
鎌池の言葉が始まった途端に、一人また一人と人間が聖堂から消えていく。
抗いようもなく、これから血で塗られる会場へと強引に転送されていく。
叫びも嘆きも怒りも達観も、理不尽すぎる現実の前には霧のように希薄な要素と成り果てる。
「ならば殺せ。勝ち残って願うがいい――君の願いを。私はそれを、喜んで叶えよう」
最後の音節が終わった時、丁度最後の一人が姿を消した。
大聖堂は元の広い空間を取り戻し、物語に登場する筈のない『鎌池和馬』だけが残る。
まだ終わってはいないな、と鎌池は小声で呟いた。
全智の存在でありながら、唯一御しきれぬ異能殺しの少年を、特別な手段で会場へ送らねば。
彼を普通の参加者と共に置かなかったかと問われれば、それは余りに彼が特異すぎるからだ。
首輪以外で彼を殺す方法となれば、銃弾で撃ち抜くくらいしかない。
それに、彼の言葉は何かと影響力が大きすぎる。
傲岸不遜な物言いを繰り返していた人物とは思えない慎重さだが、それほどまでにあれは危惧すべき存在だった。
数多くの死地を越え、幾つもの幻想を殺してきた『ヒーロー』。
鎌池は自らも空間移動を用いて、大聖堂から姿を消す。
向かう場所は只一つ、御坂美鈴と御坂旅掛のいた『別室』。
――と全く同じ作りの、彼専用の特別室だ。
先程の一連の流れはモニターで見せていたし、説明を繰り返す必要は皆無。
彼の首輪は説明の終了と同時に首輪に電流が流れ、意識を刈り取る仕組みがしてある。
後は学園都市の機器にでも任せて、会場へと運ばせればいいだけだろう。
全く手間の掛かる――と、小声でぼやきながら鎌池和馬は最後の行程に取り掛かった。
◆
数分の後。
『幻想殺し』の少年・上条当麻もまた会場に正しく送り届けられる。
これにより、いよいよ全ての準備は整った訳だ。
物語を綴る全智の存在が、気紛れで起こしたイフの物語。
それは―――午前零時の鐘を持って、開幕を告げるのだ。
バトルロワイアル、スタート。
【御坂美鈴 死亡】
【御坂旅掛 死亡】
【残り69人】
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