隣にいた君の記憶






何故、こんなことになってしまったのだろう。
彼には、目の前で起こることをただ傍観することしかできない。
自分の体なのに、指一本動かせない。視る以外できない今の自分には、叫ぶことすら許されない。

――やめろ! やめてくれ!

喉から漏れるのは、切実な己の叫びではなく、体を奪ったモノの嘲笑。
世界が滅びようと、自分が滅びようとかまわない。ただ――それだけはやめてくれ。
全てを失ってもかまわない。そう思って自分は体を差し出すこととなった。
だが、この結果はなんだ。今自分と戦うのは、自分が全てを失ってでも守ろうとした彼女だった。
自分の体を奪って世界を壊そうとするモノと、何の因果か世界を守る来訪者(エトランジェ)の彼女。
世界はすべて自分より下にあると思い続けていた彼は、悪い夢なら覚めてくれと、
初めて自分以外のものに祈る。だが現実は無常で、今起こっていることは現実であり、覚めることなどない。
悪夢は加速し、最悪へと転がり続ける。
戦いの結末が、ついに訪れる。

――あ

体から、すべてが抜け落ちた。
自分の手に握られた剣が、剣が。剣が――

彼女を刺し貫いた。

目を閉じることすらできない。彼は声なき声で世界を呪い、絶叫し続ける。
その後は、よく覚えていなかった。彼女がいなくなってしまった世界に興味もなかった。
ただ、自分の体は結局、彼女を殺されたことに怒る彼女の仲間たちの総攻撃を受けて滅びたような気がする。
でも、どうでもいい。彼女のいない世界に――自分に何の価値がある。今の自分は空っぽだ。

だから、自分が突然あの会場にいた時も何も感じなかった。

立ちつくしていたら、突然白いものに地に叩きつけられた。
前で、赤いフードや何かが話していたし、何かがあった気もする。

でも、どうでもいい。

周りの影が一つ一つ減っていく。
ふと、空を見上げていた顔を横に向ければ、ここにいるのは自分だけになっていた。
側には、さっきの赤いフード。

「まるで死人のようだな」

赤いフードが嘲るような声が聞こえた。反応するのも、煩わしい。
その通りだ。自分は、自分の世界は死んだのだ。彼女が死んだあの瞬間に。

「お前にだけ、第一回放送の前に教えておくことがある」

うるさい。なんなんだ。
耳に、勝手に流れ込む言葉。しかし、意識にまで声は入ってこない。
だから、赤いフードの言葉にも咄嗟に反応できなかった。

「お前が望むなら、どんな人間も生き返らせてやろう」


なに?


「お前がもし最後に一人となれば、どんな人間も生き返らせてやろう」


それは。





「無論、高峰佳織も可能だ」


高峰佳織。カオリ――それは自分が捨ててでも守ろうとした彼女の名前。
赤いフードの男の口が、三日月のようにつり上がっていた。

「本当か!? 本当にカオリは生き返るのか!?」

自分が力を込めれば、一瞬で白い戒めは破れた。
なんて脆い。そのまま置き上がり、赤いフードの胸倉を掴む。

「無論だ、会場がたった一人となった時、奇跡は起きる。
 我々は奇跡を起こす存在を迎え入れさえすればいい。起こる奇跡は、お前に渡そう」

それは、契約だった。
最後の一人になるまで会場の人間を殺せば、カオリを生き返らせることができるという。

「本当なんだな!?」

念を押す彼に、厳かに赤フードは頷く。

「お前ならできるはずだ。持ち込めぬ神剣の力とともに意識を封じた。
 今のお前は、あの力をそのままにお前でいることができる」

選ぶ選択肢など一つしかなく、迷う必要もない。


「いいだろう。今のお前は秋月瞬ではない。今のお前は、『世界』そのもの。お前こそが世界なのだ。
 我と同じく猛き力を持つ赤の者よ。……統べし聖剣シュンよ」



ここに、契約は結ばれた。


―   ―    ―

ルーク・エインズワースは自分の体を押さえて首をかしげた。
自分が、ここに来る前のことは思い出せる。そう、自分は軍国から独立交易都市に帰る途中で――
先日の戦いで少なからず怪我をしていたはずだ。
だというのに、体のどこにも痛みはなく、怪我をした場所は完治している。
この殺し合いのため、不利があってはいけないとあのフードたちが治したのか。
いや、それにしても意識が遠のいていたとはいえ、そこまで長く気絶していたとは思えない。
左目だけ、治っていないが、それ以外はここまで完璧に治すことなどできるのだろうか。

――いや、できるのかもしれない。

あの、「アスラ王」と呼ばれた悪魔は、信じられないほどの力を持っていた。
だというのに、あれをあっさりと受け止め、切り飛ばしたあの剣。
いや、剣とすら思えない何かを扱う力。
それほどの力を持っていれば、不可思議な出来事を起こすこともできるかもしれない。
突然、あの部屋からこのどこともしれない場所に飛ばす力といい、自分の理解を超えた力がいくつもある。
だからと言ってそうそう殺し合えなどと聞けるものではない。
ひと先ず、自分の置かれた状況を確認しなければ、何も始まらないだろう。
道具袋の中を開け、道具を一つ一つ確認する。
食料や、水といった生活必需品に、ランプなど。
そして……名簿と武器。



「な……」

その名簿に書かれた名を見て彼は動揺する。
自分の名前のすぐ上下に書かれていたのは、あのセシリー・キャンベルと、リサという文字だった。
その下には、あの魔剣を持って鍛冶屋にも来たあのEを名乗った少女の名も。
生き残るためには、全員を殺せと、赤フードは言う。
しかし、そこには自分が守りたいと思ったものたちの名。
まごまごしている時間はない。自分の眼もまた、限界が近い以上、一刻も早く戻りたい。
だが――その壁になるものは……。

ルークは、考える。
現実、首につけられた刻印を解除できるか。
そして……その先に待つあの赤フードたちを倒せるかを。
到底、不可能にしか思えない。

では、どうする?

「……決まってる」

『できないのか? ルーク・エインズワース』

頭に響くのは、あのやたら頑固なセシリーの姿。
そうだ。あの女は、絶対にこんな殺し合いに乗らず、全員を救うと息巻いているだろう。
実力だの状況だの関係なく、できる、と信じて。自分になら、どんなこともできる。
自分も同じだ。絶対に聖剣を作る。そして、あの女に渡してやる。
その両方を、絶対に成し遂げる。



俺は――それが『できる』。

ルークは、自分に渡された武器を見る。
そこにあるのは――大陸の中でも自分しかまず作っていないと思っていた刀。
しかも、それが二本。

鞘におさめられたそれに結び付けられた紙を解き、そこに書かれた文字を読む。

一刀は―― 
銘は夢想正宗。悪魔闊歩する魔界にて、悪魔を切り続けるために悪魔の刀匠が打った業物。
その切れ味、耐久度は魔界随一。悪魔をいくら斬り伏せようとも欠けることはない。
神経毒が塗られており、切ったものを眠りにいざなうことから、「夢想」の名を与えられる。

「魔界……!?」

ルークは、その説明に目を奪われた。
悪魔を切るために、悪魔が作り出した剣。それはまさしく――魔剣ではないか。
いや、悪魔の刀匠が打ったとある以上、純粋な技術で生み出されたのかもしれない。
刀を見ても、何をどう打てばこうなるのか分からない紫色の刀身が、ルークの顔を写していた。
ルークは試しに、背の高い草に対して居合い抜きを放つ。
驚くほどの軽さで、草が切れた。草の揺れは淀むことなく、上だけを失っている。
信じられないほどの鋭さ。悔しいが――自分より遥かに高い技術で、悪魔を殺すために作られたのだろう。

これは――聖剣たるのだろうか?
ふと、そんな思いが頭を掠める。これほどの業物は見たことがない。
これでも聖剣に足らないとするならば、聖剣とはどれほどなのか。
これが聖剣足るというのなら、これを持ち帰れば全てすむのではないか。


いや、そんなことは関係ないと頭を振り、鞘におさめた夢想正宗を一度置き、もう一刀の紙に目を通す。

もう一刀は――
銘はなし。名は火之迦具土神(ヒノカグツチ)。
生み出されたと同時に神を殺した神殺しの剣であり、神そのもの。
火と鍛冶と戦を司り、あらゆる世界においてけして並ぶものなき力を持つ神剣。

さんざん驚くようなことを目にしているが、その中でも群を抜いて突拍子のない説明書き。

「……神殺しの剣? ふざけてるのか?」
――我を侮るな……弱き人の子よ……

手の中から聞こえてきた言葉に、思わずヒノカグツチから手を離す。

――我は魔界、幽閉の塔に眠る魔神剣ヒノカグツチ。我を握ったものは皆神を屠り去ってきた。
  我こそは絶対。我こそは破壊。いかな神であろうと我が的殺から逃れる術なし。
「魔界……? さっきもあったが、そんな世界が本当にあるのか?」
――人の身では理解できぬ世界だ。人の世に生まれる悪魔とは比肩にならぬ悪魔の闊歩する地。
  そこに踏み込めるのは人にして人を超えた人間のみ。
  中々の使い手のようだが、まだお前はそこの域には達していないようだな。

一度剣を握っただけなのに、その全てを推し量ったようなヒノカグツチの言葉。
ルークとしては面白いはずがない。


「ハッ、いったい一度握られただけで何が分かるんだ?」

しかし、その言葉にヒノカグツチは怒ることもなく、あっさりと答えた。

――ならば我を抜いて見せよ。我を使うに足るならば、我の力はお前の手の中にあることになる。
  しかし――力足らぬ身で我を抜けば、その身は我が業火に焼かれることになろう。

ルークもそう言われれば、食い下がるわけにはいかない。
柄に手をかけ、ほんの僅か刀を抜き―――

「ッ? ぐあぁっ!?」

その1mmにも満たない隙間から洩れた力が、ルークの腕を打つ。
手に残るしびれ。僅かな場所から漏れる火炎。手が離れ、自然刀は鞘に完全に収まる。

――言ったであろう。お前は神を殺すに足る力はない。
  故に我を使いこなすことなどできん。これは必然だ。

自分に、この神魔剣――引いては聖剣を使う力などない。
それは分かっていたことだが、こうして剣を相手に言われるなど思ってもいなかった。
使いこなせないなら仕方ないと、道具袋に放り込む。
ヒノカグツチも必要ないならしゃべるつもりもないのか、無言のままだ。







手を一二度握り特に問題はないと確認する。
夢想正宗をかけ、ともかくセシリーとリサを探そうと歩きだそうとしたときだった。

「おい、そこのお前」

突然、背後から話しかけられた。
先ほどまで、人の気配はなかった。
振り返れば――10mほど先の場所に異形の青年。
左腕が、竜の鱗のようになっており、背中に竜か何かのように広がる六本の短刀。
そして宙に浮き、手を組んでこっちを見ている。

「いきなり人のいるところに送るなんて……分かってるじゃないか」

青年は溶けたチーズを裂くようなゆがんだ笑みとともに、
手の中にある赤い鉈と鎌と剣を足し合わせたような剣を持ち上げる。
どう見ても、友好的な雰囲気ではない。
ルークも、鞘から夢想正宗を抜く。

「なにしてるんだ? 早くカオリを生き返らせないといけないんだ。さっさと……死ねよ」

ルーク・エインズワースは基本的に、刀で剣を受けないようにしている。
どんな刀も、受け続ければ、切れ味は悪くなり、折れて曲がる。
故に、相手を切り裂き倒すために、刀では受けず、紙一重でかわす。
それが、彼の戦闘スタイル。
だが、

「ッ!」


咄嗟に、ルークは刀を顔の前へ水平に構える。
その一瞬後、青年の剣がルークの眼前に現れ、刀とぶつかり合い火花を起こす。
紙一重でかわすどころではない。咄嗟に防ぐのが精いっぱいだった。
腕が強烈にしびれる。しかし、青年はあっさりと引くと、何度か剣をその場で投げやりに降った。

「はは……想像以上だ。これなら、もう……」

ルークなど、見てもいない。
闘っているというのに、相手を見もせず嬉しそうに笑う異質な姿。

――ほう、エターナルか。

道具袋から聞こえてくるヒノカグツチの声に、ルークは問う。

「エターナル!?」
――そうだ。時の流れから切り離され、永劫を生きるものたちだ。神と呼ばれることもある。
  あれの手にあるのは永遠神剣。あらゆる時空にある力持つ神の剣。
  その中でも高位のものは持った人間の肉体を作り替え、超越者へ変える。

魔界の名剣に、神殺しの剣に、神の剣。
急に飛び込む今までの常識の外の知識に混乱するのを、どうにか頭の片隅に寄せる。

「持つ者を作り替える剣……」


持つ者を作り替えて作る魔剣と、持つ者を作り替える神剣。
どちらもろくなものじゃないとルークは思う。

そんなもの、消えてしまえ。

感情が顔に出ていたのだろう。
けわしいルークの顔を見て、何を勘違いしたのか相手の青年はさらに笑う。

「どうだ? 羨ましいだろう。僕はもう弱かった人間『秋月瞬』じゃない
 この力があればもう誰にも奪わせない。カオリを絶対に守れるんだ……!」
「……カオリって誰だよ」
「全てだ! 僕の……世界の!」

片手で持った大剣で、次々と剣戟を繰り出すシュン。
その顔、その動きは、新しい玩具をもらった子供が、それを試すような、そんな動きだった。
隙だらけの攻撃をわざと出してみたと思ったら、考えないような奇抜を見せてみたり。
とどのつまり……相手はこちらをいたぶって楽しんでいるだけだ。
シーグフリードよりも、誰よりも……今まで見た誰よりも速い。
悪魔の力を凝縮して人型にすればこうなるのかもしれない。

ルークも必死にさばき、続けている。
それだけでない。合間に、果敢に、返しの刀で攻撃を仕掛けてもいる。
だが、届かない。見えない壁が、ルークの剣を受け止め、はじき返すのだ。
何度目か分からないほど斬り合った……とは言えない一方的な攻撃の後、再び両者に距離が開く。

――妙だな。
「妙って何がだ!?」


裁くのに集中していた結果荒い息をつくルーク。
今は、この夢想正宗の信じられない強度――何合も打ち合っているのに刃毀れしない――の
おかげで持っているが、それもどこまで続くか分からない。
ヒノカグツチは、全身切り傷だらけのルークに、語りかける。

――エターナルにしては、弱すぎる。奴らは、世界において制約を受けるが、それにしても弱い。
  おそらく……まだエターナルになって間もないのだろう。
「あれで、弱い……!?」

冗談じゃない。
ありえないくらいに強いじゃないかと吐き捨てるルークをよそに、ヒノカグツチはさらに続ける。

――しかし、感じる潜在能力はすさまじい。奴が戦いなれる前に倒せなければ、お前は死ぬ。
  何と言う名の永遠神剣か分からぬが、おそらく聖剣を統べるほどの力を秘めている。
「聖剣だって? 聖剣と言ったのか!?」

血相を変えるルーク。
ヒノカグツチは、相も変わらず淡々と答える。

――そうだ。数多の世界において、高位永遠神剣の中でさらに強力なものの13本は、
  13本の偉大なる聖剣と呼ばれることもある。今お前の目の前にあるあれは、それを統べるだけの力を持っている。
  ふむ、名簿に名前があるな。おそらくだが、この『統べし『聖剣』シュン』というのが奴の名だろう。

世界が山ほどあるのも信じられないが、そこに13本の聖剣があるというのもさらに信じられない。
まして――目の前にいるのが、その聖剣を統べる力を持つ存在だとは。



「お前は……名前はなんて言うんだ?」

ルークの問いかけに、青年は宣言するように答えた。

「今の僕は統べし『聖剣』シュン! 弱くて守れなかった『秋月瞬』じゃあない!」

再び襲いかかるシュンの猛攻撃。
ヒノカグツチの言う通り、少しずつ攻撃がさらに早くなっている。
かする程度だった傷が、深いものへと変わっている。

「弱い、弱いなぁ! まるで前までの僕のようじゃないか!」

さっきからシュンの放つ言葉に、どうしようもなく苛立ちをルークは感じていた。

――守れなかった。
――昔の自分は弱かった。
――今の自分なら守れる。
――生き返らせる。

――――どうしようもなく、その言動がルークをイラつかせる。

「どうしたんだよ!? 一太刀くらいやってみろよ! ハハハハハッ!」

血が流れ、思わず地に伏すルークに対して、傲岸不遜にシュンは言い放つ。
ルークの目の前が、真っ赤に染まる。怒りの限界だった。
シュンの言葉に、そしてそれを原因に思い出す自分の、かつてに。
体が勝手に動いた。
シュンの反応も早く、ルークの体が何かに突き動かされ、剣が奔る。

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」


瞬きするよりも速く、ルークの刀がシュンの剣を潜り抜け、届く!
線で受け止められるのなら、一点に力が最も集中する点の攻撃。
この一撃で決める。そのルークの意思を込めて放たれた一撃は、思考する場所である頭へ。


――どんな神だろうと……絶対に倒せないものなどない!


切っ先が――右目に吸い込まれる。

「ガアアアアアアアッ!?」

痛みの声を上げるシュン。
しかし、刺突が目を超えて脳に達する前に、シュンは再び『ワールド』の障壁を生みだした。
その輝きにより、夢想正宗が空中に固定される。ルークの腕力では、びくともしない。
シュンは、あろうことか鱗にまみれた腕で夢想正宗を握るとそのまま握りつぶした。
この刀の強度は、ルークも今までの斬り合いで理解している。
それを、よもや握りつぶすなど。

驚愕で回避が一瞬遅れた。
シュンの蹴りがルークの脇腹に叩き込まれ、盛大に吹き飛ぶこととなった。
追撃はない。身をよじるような痛みをこらえ、シュンを見れば、相手は残った刃を目から抜いていた。



そして、シュンが次に取った行動は、

「弱すぎるなあ! まったく効かないじゃないか! 
 この力……この力があればもう誰にも負けない! もう二度とカオリを失ったりしない!
 カオリを取り戻せるんだ! ………ハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

狂笑だった。目から流れ出る血を無視し、笑い続ける。
シュンは、こちらなど見ていない。
こちらがつけた傷など気にしてない。
瞳に映るのは、自分が失ってしまった人の姿だけだ。
それほど、大切な存在だったのだろう。
それしか見えない。それさえあれば何でもいい。
それほど想っているから取り戻そうと必死なのだ。
自分にもよく似た経験がルークにもある。

「……無理だ」


しかし、だからこそルーク・エインズワースは否定する。


ピタリと、シュンの動きが止まる。
先ほどまでの、熱に浮いた声色ではない。

「今……なんて言った?」
「無理だと言ったんだ。死人が生き返るか。
 生き返ったとしても、お前が守れなかったのは変わらない」



端正な顔がみるみる内に歪んでいく。
熱とはまた違う色にシュンの瞳が濁る。
そこにあるのは――憎悪。

「お前に……お前に何が分かるッ!?」

激昂するシュン。赤い瞳には、『守れなかった自分も含めて』世界全てへの憎しみを写していた。
失ったはずの左目が、酷く疼く。
自分も3年前のあの時、こんな目をしていたのかもしれない。
リーザ・オークウッド。三年前、自分が守れなかった大切な女性。
確かにルークは彼女が好きだった。奔放さに振り回されながらも、惹かれていた。
彼女が笑ってくれればそれでよくて、彼女のために最高の剣を作りたいと思っていた。
だが、彼女はもういない。それは、事実であり、動かしようのない過去なのだ。
彼女の死や喪失を、何かで代用などできるはずはない。生き返ったとしても、事実は消えない。
全てを含め、ルークの心に残り続ける。

リーザはもうこの世にいない。
その事実を、やっと自分で認められたからこそ、今自分は聖剣への製作へ打ち込んでいる。
シュンのことがよく分かるからこそ、ルークは彼を認めない。

「死ね! 死ねよ! 塵一つ残さず消し飛ばしてやる! オーラの爆発をその身にくらえッ!!」

右目から血の涙を流しながら、シュンは吼える。
やっと分かった。シュンの怒りは、ごまかすためだ。
シュンヘの言いようのない不快さは、シーグフリードの時のものとは違う。

鏡だ。歪んだ鏡を見ているような気分だからこそ不快なのだ。
同じようにシュンにとって、自分のできなかったことを直視させるルークがたまらないほど不快なのだろう。
ルークが、シュンを不快に思ったのと同じように。
もしかしたらああなってしまったかもしれない虚像ともいえるのだから。

シュンの放つ殺気が膨れ上がる。
同時に、シュンの背中から赤い文様が中空に浮かび上がった。
まちがいなく、食らえば死ぬ。本能的にそう確信できる、次元の違う何か。
それを打ち破るため、ルークは鞄の中にある、とある剣に手をかけた。

――愚かな。お前のような未熟な男が使えば腕は一瞬で灰と化すだけだ。

自分が未熟なのは分かっている。
未熟だったから失ったものもあった。
失った時から最近までくすぶり、停滞していたのだ。
未熟でないはずがない。使えばこの剣の言葉が真実ならばおそらく腕は堕ちるだろう。
だが、かまわない。絶対に生き残り、やらなければならないことがある。
鍛冶屋は、昔から目が焼け、足が萎え、四肢や感覚を失うものだとされていたのだ。
たとえ腕を失って掴めなくなったとしても、歯で咥えてでもやってみせる。
いくつも浮かぶ、いつの間にか増えていた自分が守りたいものたち。
一緒に失っていこうと約束したのに、また自分だけ多くのものを失ってしまうかもしれないと、
心の中で自分の大切な相棒に頭を下げた。
剣を抜こうとしているだけなのに、全てを持っていかれるのではないかと思うほど魂が吸い上げられてゆく。
目の霞みが増す中、全神経を手に集中させる。



最後まで、けしてあきらめない馬鹿な―― 一人の女がいた。
そいつは弱くても、悪魔だろうと人外だろうとどんな強大な相手でも、向かっていった。
あいつより強い俺が、このくらいの相手であきらめるわけにはいかない!

そして、ルークは――その剣を鞘から抜き放った。

日本神話の黎明に降り立った八百万の神々のうち、その最後に生まれ落ちた一柱。
――当然だ、ヒノカグツチは神殺しであり親殺しなのだから――
火と戦と鍛冶を司る最強の神魔剣が、その鞘から滑り出される。
その刀身は、纏う濃密な紅蓮の炎で一片たりとも見えない。
炎は、抜き放たれた瞬間から制御を失い、周囲に破壊をまき散らす。
剣を握るルークの腕は、みるみる内に黒くなり、熱気を放つようになる。
それでも、ルークは痛みに歯を食いしばり、振り切る。

「があああああああああああっっ!」

獣のような咆哮とともに振られた剣は、型もなにもあったものではなかった。
ただ、単純に振った。振り切っただけだった。
しかし、

その一太刀は、大地を割る。
あまりにも高まり過ぎた火力が閃光となり、青白い輝きが剣の延長線上に刻まれる。
何百mとある巨大な青い火炎の刀身が、全てをたたき割る。
それだけに飽き足らず、さらに青い剣の軌跡にそって爆発を立て続けに起こした。

永劫神であり『世界』を司るエターナルすら、瞬間的に超える力を人に与えるヒノカグツチ。


火炎を超えた火炎が、ついにシュンに到達する。
だが、シュンの力の完成もまた同時。
シュンの背中から放たれる、複雑怪奇で高密度に書き込まれた深紅の魔方陣が輝く。
同時に、大地に刻まれた極大の魔法陣もまた、限界を超えた光量を放ち、
高速で回転しながらさらに大きさを増し、さらに複雑さを増していく。
魔法陣の明滅に合わせ、大地が揺れ動いた。

「オォォォォラフォトンブレイク!!!」

たった一振りで多元世界すら創造する第二位永遠神剣。その究極の力の発露。
深紅の極光が、大地を染めつくす。

輝蒼の閃光がシュンに、深紅の極光がルークに。
二つの輝きが混ざり合う。

そして―――




世界が白に染まった。









―  -  ―


彼は、目の前にいるものを見つめる。
塵と残らず消え去るはずだったそれは、まだ五体を残してその場にあった。
手の中にいまだ握られ続ける剣の放つエネルギーが、結果として彼の最大の一撃から消失を阻んだのだ。
だが、その体は動くことはない。『彼』の名は――

【ルーク・エインズワース 死亡確認 残り27人】


「……な、に、がァ……無理だ! 僕はお前とは違う!」

息も絶え絶えの様子で、シュンは動くことのないルークに言う。
オーラフォトンブレイクが結果として力の衝突でヒノカグツチの一太刀を軽減した。
さらに、『ワールド』の障壁が、破壊を一部食い止めた。
だが、なお突破する一撃を剣で受け止めた。
最後に、剣が弾かれ最後に向かってくる力を、手甲のような鱗の腕で受け止めた。
エターナルの全力を持っての四重防御。
それでも、腕は一部砕け、血が流れていた。人間と同じ赤い血が。
その赤い血も地に落ちれば金色の光となり何も残らない。

「お前とは違うんだ!」



ルークの存在自体が許せないと、
死してなお体すらバラバラに引き裂こうとシュンは荒い息をしながら剣を掲げる。
しかし、さしものシュンも、ルークに近付くことはできない。
ヒノカグツチの力が、まるでルークを護るようにエネルギーを放散している。
そのことに、シュンはしばらく歯噛みしていたが――くるりとそれから背を向ける。


「何をくだらないことにこだわってるんだ……あいつはカオリと関係ないじゃないか。
 待っていてくれ……カオリ」

シュンの体が宙に浮く。
そうだ。こんな細事にこだわってはいられない。
そう自分に言い聞かせ、シュンは立ち去った。


――どうしても届かない、彼にはない何かから逃げるように。


【統べし聖剣シュン】
【所持品:不明支給品0〜4 基本セット一式×2 第二位永遠神剣『世界』 『天軍の剣』の力】
【状態 左手の鱗がひび割れ血が流れている。 右目失明】


最強の神殺しの刀は、青年の傍らで剥き身のまま輝いている――



前話   目次   次話